「ごめんなさい。でも、二人には辛い思いをさせたくないの」
「じゃあどうしてこんな事をしているの!?姉様がしているのは、ただの裏切りだわ!」
そう言って清美は両手で顔を覆って泣き出してしまった。
「聞いて頂戴……清美は和幸さんの事が好きなんでしょう?」
「!」
初音の指摘に、清美はビクッと肩を震わせ顔を上げる。
「清美さん……本当、ですか?」
「私、は……」
和幸に聞かれ、清美はどう答えたらいいものかと、動揺していた。
だから和幸の声が上擦っていた事とか、今も期待と不安の入り混じった瞳で見つめられている事など、清美は露程も気付いていないだろう。
初音は内心、世話が焼ける、と苦笑する。
「和幸さんも、清美の事が好きなのよね」
「は、初音さんっ!?」
突然そう指摘され――しかも問いかける形ではなく断定で――和幸は顔を真っ赤にして慌てる。
そんな和幸を、清美は信じられないといった表情で呆然と見ていた。
「二人とも、見てて分かり易いのよ。なのにお互い両想いだって気付かないし」
その言葉に、清美と和幸は思わず互いに視線を合わせて、一気に顔をボッと真っ赤にさせると、慌てて視線を逸らした。
だが、チラチラと相手の様子を覗い、再び目が合うと、今度はお互いに微笑み合った。
その光景を微笑ましいなと思いつつ、初音は口を開く。
「……それでね。私、家を出ようと思うの」
「「え……」」
「私がいたら二人は幸せになれないでしょう?でも私がいなくなれば、向日を継ぐのは清美、貴女になる。そうすれば恐らく、自動的に和幸さんは清美の婚約者よ」
初音には確信があった。
和幸は多分、初音の婿としてではなく、向日を継ぐ人物として選ばれた。
向日の家は本家と分家に分かれているが、その関係はあまりよくない。
だから、本家に嫡男が産まれなかった為、分家にその座を奪われないように外部の人間を婿として迎える、といった所だろう。
それに和幸の家は向日の傘下だし、次男で初音よりも年下。
非常に扱いやすい人物を、初音がいなくなったからといってみすみす手離すとも思えない。
清美よりは年上だが、初音がいなくなれば、本人の意思など関係なく平気で清美の婿の位置に据えるだろう。
「それに、私は虎太郎さんと一緒にいたい。ね?全員が幸せになるわ」
初音の提案に疑問を挟んだのは和幸だ。
「それは。駆け落ちをするって事、ですか?」
「ええ。私はもう二十歳。親の同意がなくても結婚が出来る。つまりね、籍を入れようと思えば、今すぐにでも入れられるのよ」
「でも、そんな事したら……!」
「間違いなく勘当されるでしょうね。でもその代わり、連れ戻される事もない。向日の娘が駆け落ちしたって事だけでも体裁は悪いでしょうし、その上バツ一なんてね」
それでも初音は構わなかった。
例え一生許される事はないとしても。
「清美には、一番迷惑を掛ける事になるわね……」
初音の気掛かりは、唯一それだけだった。