初音は向日の家が嫌いだった。
個人の自由意志など、簡単に捻り潰され、自由に羽ばたく事すら許されない、鳥かごの中同然の家。
そんな中で育ってきたからこそ、初音があの家で気を許せる相手は唯一、向日の家柄に染まっていない妹の清美だけになってしまった。
「姉様……」
「和幸さん。向日の家は古臭い格式に囚われた、お金と権力の巣窟よ。表がどれだけ華やかに見えても、裏にはそれと同じだけ深い闇がある」
突然初音が言い出した事に、だが和幸は真剣な面持ちで聞く。
「だから貴方は、清美を全力で守ってあげて頂戴」
「……分かりました」
と、それまで事の成り行きを見守っていた虎太郎が口を開く。
「初音さんは俺が守りますから。心配しないで下さい」
穏やかにそう言って微笑む虎太郎に、清美と和幸はそれぞれ質問する。
「あの、姉様とはどこで……?」
「春に、合コンで。といっても、俺も初音さんも人数合わせの為に、お互い友達に借り出されただけなんですけどね」
「何をしていらっしゃる方なんですか?」
「今は大学の四年生ですが、向日関連の会社の下請け業務をやっている、小さな会社の内定をもらいました」
そうして虎太郎は初音を見て言う。
「……多分、初音さんには苦労をかけると思います。それでもいいと、彼女は言ってくれた」
虎太郎はそこで一度区切り、三人を見回して言う。
「それで、提案なんですが。初音さんが短大を卒業してから家を出るというのはどうでしょう?」
その提案には三人とも驚いたが、中でも一番驚いたのは初音だった。
「虎太郎さん、どうして?」
「ん?この二人なら信頼できると思ったから。どうせなら大学はきちんと出ておいた方がいいし、準備期間があれば、初音さんの持ち物を少しずつ俺の部屋に運び込めるでしょう?」
確かに虎太郎の言う事にも一理あるし、その方が経済的で合理的だ。
事前に準備を整えておけば、後は本当に身一つで家を出る事も出来るし、その後の生活で、主に着替えに困る事はない。
バッグに詰められるだけの服といっても、所詮限度がある。
「お二人は俺達の事、誰かに言ったりしませんよね」
疑問ではなく、肯定。
これは虎太郎なりの信頼の表れだ。
こう言われてしまえば、大抵の人間は頷くしかないだろう。
それからというもの、初音達はよく四人で会うようになった。
その方がまだ人目を気にしなくてよかったし、お互い気を使わなくても自然でいられた。
もし誰か知り合いに見咎められたとしても、虎太郎を和幸の友人という事にしておけばよかったからだ。
それと同時に、初音は必要最低限の物を細々と虎太郎の家へと運んでいたが、幸いバレていなかった。