月日は流れ、そうして迎えた大学卒業の日。
「初音さん。今日は卒業式が終わったら迎えを出します。そのまま貴女の婚約披露パーティーを開きますからね」
「お母様!?そんな急に……」
「急ではないでしょう。むしろ貴女にとっては遅すぎたんです」
「でも和幸さんには早過ぎでしょう?それなのに……」
突然伝えられた事に初音は抗議するが、母親は何でもないような口調で言う。
「あら。今からこの向日の家を背負っていくという重責を担えば、それだけしっかりとした方になるでしょう?」
そうしてさらに、和幸の事などどうでもいいかのように言う。
「それよりも、貴女の方を優先させないと。今までは学生という事でお見合いをお断りしていたのですよ。卒業したのだから、然るべき対応を取るのは当たり前でしょう?」
「それでも……早過ぎますわ」
だが、初音が頑なにそう言うと、母親は呆れたように言った。
「……全く、何を意固地になっているの?和幸さんは貴女の許婚で、婚約はもうずっと前から決まっていた事でしょう?」
そう言われては、初音は何も言い返せなかった。
まさか「別の人の所へ行きます」とは言える訳がない。
どうにかして虎太郎と連絡を取りたかった初音だが、こういう時に限って周囲には誰かしら知り合いがいて。
なかなか連絡をする事ができない。
せめて事前にパーティーの事を知る事ができていれば、何とか手の打ちようもあっただろうが、何かとすれ違いの多い家族。何かの催しを当日になって突然、という事は過去にも何度かあった。
卒業式を終えると、初音は本当にそのままパーティー会場のホテルへと連れて行かれた。
卒業式の時に来ていた袴から、パーティー用のカクテルドレスへと着替えさせられて。
ホテル専任のスタイリスト達にヘアメイクをしてもらって。
それが“もう逃げられないぞ”と言われているようで、初音は愕然とした。
向日という大きな枠の中では、自分の抵抗など所詮、ちっぽけな物でしかなかったのだろうか?
今までしてきた準備は、一体何の為の物だったのだろうか、とさえ思えてくる。
と、その時部屋のドアがノックされた。
「初音さん、今、よろしいですか?」
そう言って部屋に入ってきたのは和幸だった。
「和幸さん……」
「大事な話があるので、他の方は席を外して頂けますか?」
和幸の言葉に、全員が部屋を出て行く。
初音の仕度はもう既に整え終えているのだし、文句を言う輩はいなかった。
何といっても和幸は婚約者なのだし、野暮な事はしないでおこう、という気遣いもあっただろうが。
和幸は、全員が部屋を出て、廊下からその姿が見えなくなるまで用心深く見届けてから、ようやく部屋の中に入ってきた。
そうして、今まで後ろ手に持っていたのであろう紙袋を初音に差し出す。
「和幸さん?これは……」
袋の中には、初音が虎太郎の部屋に持っていった服の内の一着が入っていた。