「よく聞いて下さい。今から貴女はそれに着替えて、非常口から外に出て下さい。僕が虎太郎さんに連絡を付けておきましたので、彼が待っているハズです。後の事は、僕の方で何とかします」
「でも、それでは……」
今ここで初音が姿を消せば、和幸に物凄く迷惑を掛けてしまう事になるだろう。
そう思って初音が躊躇っていると、和幸が厳しい口調で言う。
「……今まで準備してきたのは何の為ですか?今更な事言わないで下さい。それに僕は自分の為にやっているので。そうでしょう?」
そうして悠然と微笑む和幸に、初音は目を瞠り、フッと微笑む。
「……そうね」
「さ、誰にも見つからない内に、早く」
そうして初音は手早く着替えて、最後にメモを書き残して部屋を出る。
「和幸さん、後はお願いします」
「はい。初音さんもお幸せに。何か動きがあったら連絡します」
「ありがとう」
そうして初音は、非常口から階段を駆け下りた。
降りきった所で、初音は辺りを見回す。
早く逢いたかった。
「虎太郎さん……どこ……?」
「初音さん!」
声のした方を振り返ると、そこには紛れもない、虎太郎の姿があった。
「虎太郎さんっ!」
初音は虎太郎に駆け寄り、その胸に飛び込む。
「虎太郎さん……っ」
「卒業おめでとうございます、初音さん。……和幸君から連絡があった時は、本当に驚きましたよ」
優しく微笑んで抱き締めてくれる虎太郎に、初音は何だか申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい……」
「初音さんが悪い訳じゃない。さ、早くここから離れましょう。いつまでもグズグズしていると、その内見つかってしまいます」
「はい」
そうして二人は、足早にその場を離れた。
一方パーティー会場の方はというと。
初音を見送った和幸は何喰わぬ顔で会場に戻り、初音の両親に「もう少ししたら来るそうです」と告げた。
暫くして、当然、来るハズはないのに「初音さん、遅いですね」とのたまり。
挙句、「ちょっと誰か見てきてもらえませんか?」とホテルの人間に言って。
勿論、部屋には初音の書き置きだけが残されており、そこには『向日の家を出ます。探さないで下さい 初音』と書かれていた。
慌てて戻ってきたホテルの人間がそれを見せると、和幸は「何て事だ!」と顔面蒼白になるという、なんとも面の皮の厚さを証明するような演技をやってのけた。
その甲斐あってか、初音が突然姿を消した事に和幸も一枚噛んでいるとは、誰も思わなかった。