初音は、口を開けば自分が何を言ってしまうのか分からなかった。
 特に、清美と和幸の事を今ここで言うのは得策ではないだろう。
 もし言ってしまえば、初音が逃げ出した時に、和幸も共犯だったという事が分かってしまう。
 折角色々と協力してもらったのに、それを裏切るような真似はしたくなかった。
 それに、今ここで全てを話してしまったら、清美と和幸がどうなるか分からない。

 考えられる、最悪の事態。
 それは、和幸の社会的地位の抹殺と、清美との仲を引き裂かれる事。
 それだけは絶対に、避けなければならない。

「何とか言ったらどうなんだ!」
 痺れを切らしたのかそう怒鳴られ、初音はビクッと肩を震わす。

 父親に怒鳴られたのは初めてかもしれない。
 何せ、こうして面と向かって話をするのも、実に数年ぶりなのだから。
 それくらい、家を出る前も会話はなかった。

 初音は意を決して口を開く。
「私は、帰りません。ここにいます」
 いくら気を落ち着かせて、努めて冷静に振舞おうとしても、声が震えてしまうのはやはり、緊張のせいだろうか?
 だがそれでも、初音の意志はしっかりと伝わったはずだ。
 すると父親は、わなわなと怒りに体を震わせ怒鳴った。
「っ勝手にしろ!お前などもう知らん!金輪際、向日の敷居は跨がせんから、そのつもりでいろ!」
 そう言い残して、父親は帰って行った。

 その姿が見えなくなってから、初音はへなへなとその場にへたり込んだ。
「……勘当、されちゃった……」
 初音は、ははっ、と力なく笑う。

 こういう日が、いつかは来る事を覚悟していたが、やはり実際に言われるとショックだった。
 無理に連れ戻されなかっただけ、マシかもしれないが。

 何だかとてつもなく途方に暮れ、初音はその場から動けなかった。


「初音さん!?何かあったんですか!?」
 帰ってきた虎太郎は、玄関先に座り込んでいる初音に驚き、慌てて傍に膝を付いた。
「虎太郎、さん……お帰りなさい」
「あぁ、ただいま……ってそうではなくて!一体どうしたんですか?」
 酷く心配する虎太郎に、初音は昼にあった事を説明する。
「……父が、来たんです。それで……勘当されちゃいました」
「初音さん……」
 力なく笑う初音を、虎太郎は優しく抱き締める。
「……俺の我侭のせいで、すみません」
「そんな!虎太郎さんのせいなんかじゃないわ!」
 謝る虎太郎に、初音は首を横に振る。

 虎太郎のせいだけではない。
 これは、初音自身が選んだ事でもあるのだから。

「ありがとうございます」


 だが、事態はこれだけでは終わらなかった。