次の日、会社に行ったはずの虎太郎が、何故か昼前に帰ってきた。
「虎太郎さん!?どうしてこんなに早く……?」
「それが……突然の事で、俺にも何が何だか……」
「何か、あったんですか?」
 困惑している様子の虎太郎にそう聞くと、少し言いにくそうに答えが返ってきた。
「……会社を、クビになったんです」
「え……?」
 だが、初音はすぐにその理由に思い至った。
「父だわ……」
「え?」
「父が圧力をかけたのよ。虎太郎さんの会社は、向日の下請け業務をしているんでしょう?だから……」

 まさか、ここまでしてくるとは思わなかった。
 だが更にその直後、虎太郎の実家から“縁を切る”というだけの一方的な電話が掛かってきた。

「はは……メチャクチャ反対されてますね、俺達」
「ごめんなさい……父がここまでするなんて」
「謝らないで下さい。……俺は初音さんが連れ戻されなくて良かったと思っているんですから。その代わりが今の事態なら、俺は甘んじてそれを受けますよ」
「虎太郎さん……」


 そんな二人の元に和幸から連絡があったのは、数日後の事だった。
『初音さん、すみません。僕がもう少し早く、向日氏の動向に気付いていれば……』
 電話口で謝る和幸に、初音は優しく言う。
「和幸さんのせいじゃないわ。遅かれ早かれ、こうなる事は私も虎太郎さんも、覚悟していた事だから」
『ですが……』
「それよりも、そっちはどうなの?清美の事は」
 なおも申し訳なさそうに言う和幸に、初音は話題を変える。
『あ、はい。それなら、ほぼ初音さんの予想通りになりましたよ』
「ほぼ……?」
 その言い方に何か引っ掛かって、初音は聞き返す。
『……実は僕の父がカンカンに怒りましてね。“いくらウチが向日傘下とはいえ、コケにするなんて許せない。今後、向日との関係は考え直さなくては”って』
「それで!?どうなったの?」
『何とか説得しましたよ。将来、僕の向日グループのトップの座の確約と、真嶋重工への利益提供をもって、今回の事は水に流すと。いくら向日といえど、グループ傘下の主要企業に抜けられると困る、という事です。僕の代わりはいても、企業の代わりはそうそうないでしょうし』
 和幸のその説明に、初音は驚きを隠せなかった。

 最初に会った頃は、優しすぎて人の上に立つような器ではないと思ったのに。
 確か和幸は今、大学生のハズだ。
 それでここまで頭が切れるなら、向日のトップに立っても、十分やっていけるだろう。
 どうやら自分は、和幸の素質を見誤っていたらしい。

 そう思いながら同時に、和幸が清美の夫になるという事を、嬉しく思った。
「ありがとう、和幸さん。貴方達の方は心配ないようね。……私達の事は、心配しなくても大丈夫だから」
『……あまり、無理はなさらないで下さいね。では、また。虎太郎さんによろしくお伝え下さい』
「ええ。清美にも、よろしく言っておいてね」

 初音は、清美と和幸が無事、幸せになれそうで安心した。
「二人には心配を掛けないように、頑張らなくちゃね」
 そうして初音は、虎太郎の為に自分が出来る事として、家事にいそしむ事にした。