だが、虎太郎の職探しはかなり大変な事態だった。
高度経済成長期で、景気が上向きになっているこのご時勢に、虎太郎の経歴と若さでなかなか再就職できないというのは、異例中の異例だ。
その裏では勿論、向日の家が手を回しているからだ。
その為、就職できたとしてもすぐに解雇されてしまう。
どうやら徹底的に、二人を苦しめるつもりらしい。
いざという時の為の貯金が多少あるにせよ、いつまでもこの状況が続くようでは問題だ。
だから初音も働きに出る事にした。
最初は虎太郎も反対したが、背に腹は代えられない、という事で渋々承諾した。
ただ、条件として出されたのが、短時間の近所のスーパーでのレジ打ちのパートだった。
そうしてもういい加減、生活がかなり切迫し始めた頃だった。
「初音さん、朗報です!今度こそもう、大丈夫ですよ」
「本当に?」
「月羽矢グループって、知ってますか?」
「……確か、そんな名前の学校があった気が……」
「えぇ、その月羽矢です。多角経営というやつで、他分野にも手を出し始めたみたいなんですが。とにかく、その系列の会社に面接に行ったら偶然、会長直々に面接をしてて。何か、気に入られてしまいました」
「……え?」
気に入られた、というのは、どういう事だろうか。
虎太郎は話を続ける。
「話術の巧い人で。気付いたら今までの事全部、話させられていたんです。そしたら“よし気に入った。向日が何を言ってこようと、俺は使える人間をみすみす手放すつもりはない。クビになりたくなかったら、仕事が出来るってトコを見せてみろ”って」
何とも豪快な人だ。
もしそれが本当なら、これ以上の事はない。
「……初音さんの為にも、頑張って仕事しないといけませんね」
そう言って虎太郎は初音を抱き締める。
「じゃあ私は、料理をもっと頑張りますね」
そう言って二人は、クスクスと笑った。
「でも、本当に良かった。私の父のせいで、虎太郎さんには本当に迷惑を掛けてしまっていたから……」
「何を言ってるんですか。初音さんが傍にいてくれる事の代わりなら、俺は甘んじてそれを受けると言ったでしょう?」
ね?と優しく微笑む虎太郎に、初音は幸せな気持ちになって、彼の胸元へと頬を寄せる。
「初音さん、こっち向いて下さい」
その声に初音が顔を上げると、慈しむような虎太郎の視線とぶつかって。
「初音さん……愛しています」
「……私も、です。虎太郎さん……」
そうして二人は、互いに引き寄せられるように、何度もキスを交わした。