二人が逢う時は、大抵初音から連絡をする。
 それというのも、初音は一応許婚がいる身。例えやましい事がなくても、家族に知られればどうなるか分からない。
 それに初音は、なかなか自分の素性を明かせないでいた。
 向日の名を知って、虎太郎の態度が変わってしまうのが怖かったからだ。


「初音さん?また何かお悩みですか?」
 何度目かに逢った時、虎太郎にそう聞かれた。
「……いいえ?何もないわ」
 その場は言い逃れたものの、初音が隠し事をしているという事は感付かれてしまった。


 逢う回数を重ねるごとに、初音は気まずさを感じて。
「初音さん……俺には話せないような悩みですか?」
「虎太郎、さん……」

 言うべきなのだろうか?
 でも……。

 初音がそうして言い澱んでいると、虎太郎の口から思いがけない言葉が発せられた。
「……貴女が隠しているのは、向日の名ですか?初音さん」
「っ!?……どうして、それを……」

 まさか。
 知っているとは思わなかった。
 そんな素振りさえ見せなかったのに。

「ダメですよ?そんなに分かり易い偽名を使っては」
 まるで諭すようなその言い方に、初音はじれったくなる。
「っ……そうではなくて!いつ気が付かれたのですか?」
「……この間、経済関係の雑誌を見た時に。何か論文の役に立つ記事はないかと読んでいた物に、向日の特集記事があって」
 そう言われて、初音は確かに思い当たる節があった。
 何ヶ月か前に、雑誌の取材とかで家族写真を撮った覚えがある。
「驚きましたよ。最初は他人の空似かとも思いました。でもあれなら、俺に話せない悩みというのも説明が付く」
「それ、は……」
「それでも、話してくれるのを期待してたんですが」
「……」
 初音は何も言えず、口を噤んでしまう。
 そんな初音の様子に、虎太郎は静かに言う。
「……そんなに俺が信用できませんでしたか?」
 悲しさを滲ませた虎太郎の瞳に、初音は堪らず叫ぶように声を上げた。
「っ違います!そうでは、ないんです……」

 本当の事を言えずに、傷付けてしまった。
 それが悔やまれて、哀しくて。
 たまらなく嫌だった。