それから少しして、初音は虎太郎と逢う機会ができた。
逢ってすぐに、初音は話を切り出す。
「虎太郎さん……私達、もう逢うのは止めにしませんか?」
「どうしたんです?急に……」
「……短大を卒業したら、どの道もう逢えなくなるんです。だから、今の内に……」
これは、初音が考え抜いて出した結論だ。
向日という枠組みの中では、個人の意見など意味を為さない。
たとえ自分一人逃げ出した所で、すぐに捕まって連れ戻されるのがオチだ。
本当は。
……本当は。
連れて逃げて、と言いたいけれど。
彼まで、虎太郎さんまで巻き込みたくはない。
初音は今回の事で分かった事がある。
それは、自分がいつの間にか、虎太郎を好きになっていたという事だ。
「……初音さんは、本当にそれでいいと仰るんですか?」
「っ!」
今までとは違う、静かな怒りを含んだその声音に、初音は、怖い、と思った。
そもそも思い返してみれば、怒ったり、不機嫌な時の虎太郎を一度も見た事がない。
いつも優しく微笑んでいてくれて。
それなのに。
今は。
「初音さん、答えて下さい。それは貴女の本心ですか?」
「……いいえ。でも、こうするより他にないんです。時間が経てば、その分別れが辛くなるから……」
「俺は!……俺はずっと貴女の傍にいたい。貴女が、初音さんが好きなんです……!無理な願いだと分かっています。でも、どうか俺だけのものになってくれませんか……?」
強く抱き締められながらそう言われ、初音は凄く嬉しかった。
それでも、聞かずにはいられない。
「例え私が、全てを失っても。貴方は私の傍にいたいと、そう言って下さいますか……?」
勿論、虎太郎の気持ちを疑っている訳ではないし、疑いたくもない。
それでも。
どうしても不安が付き纏うのは、過去に友人だと思っていた人に裏切られた事があるから。
だが。
「俺は貴女が貴女だから、傍にいたいんです。例え貴女が全てを失ったとしても、貴女が貴女のまま、変わらないでいてくれるのであれば……いえ、変わってしまったとしても、俺は貴女の傍にいたいです」
「虎太郎、さ……」
ハッキリと、欲しい言葉が返ってきて、初音は泣いてしまう。
その涙を拭って、虎太郎が笑い掛けた。
「初音さん。その……よければ少し、俺の家に寄りませんか?一人暮らしの狭い部屋ですが、ほんの少しだけでも、貴女と二人きりになりたくて」
照れたようにそう言う虎太郎と、初音は同じ気持ちで頷いた。