≪不器用な恋≫


 水希の家は、代々大工業を営んでいる樫本組。
 とはいえ自宅と作業場は別々だし、何を思ったか大工の父親に惚れてここに嫁いだという水希の母親は元々良いとこのお嬢様。礼儀作法はしっかりしているし、そんな母親の薦めでずっと女子校通いの為、大工の娘としては珍しく、水希はお淑やかで大人しい性格で、男の人が苦手だった。


 そんなある日。
「今日からウチの離れに住む事になったタクだ。ま、よろしくしてやってくれぃ」
 祖父が住み込みの大工見習いという青年を連れてきた。
「……どうも。大宮工といいます」
 彼を連れてきた祖父によると、何でも名前が気に入ったらしい。
 確かに、字を並べ替えると“宮大工”になるので、大工向きのいい名前だという事で、父も母も気に入ったようだった。
 だが男の人が苦手な水希にとって、例え普段は離れで生活すると言っても、やっぱり同じ家で知らない男の人と生活するというのは嫌だった。
 少なくとも食事は一緒にするのだし。
 そうはいっても周りが彼を気に入っている以上、文句を言っても仕方がない。
 だから水希はなるべく関わり合いにはならないようにしようと思った。


 水希が工に関して思った事は、無口、無愛想、怖そう、といったものだ。
 ただでさえ苦手なのに、これでは近付く事すら無理というものだ。

 なのに。
「水希。夕飯ができたから離れに行って、工君を呼んで来てくれる?」
「……はい」
 近付きたくないのに、周りは水希の思いなどお構いなしだった。

「……あの、工さん。夕飯です」
 ドアをノックして必要事項だけを告げると、水希はその場を早々に立ち去る事にする。
「あの!」
 だが、水希がその場を後にする前に後ろでドアが開き、呼び止められてしまった。
 嫌だなぁ、と思いつつ水希は振り返る。
「はい……」
「わざわざ、ありがとうございます」
「……いえ」
 思いがけず言われたお礼に、水希は少しだけ考えを改めた。
(もしかして、意外に礼儀正しいいい人なのかしら……?)


 考えを改めてからは、少しずつ工のいい所が見えてきた。
 何事にも真面目で、人の話は真剣に聞くし、礼儀作法もきちんとしている。
 よく見ると表情にもちゃんと変化があって、ただそれがパッと見、分かりにくいだけなのだとわかった。


 大工は基本的に雨の日は仕事にならない。
 内装に取り掛かっていれば雨でも作業は出来るが、外枠を組み立てる段階では話にならない。
 そうすると大抵祖父は居間で工相手に将棋を指したり、でなければ作業場で大工のいろはを教える。

 そうしてこの日も、水希が家に帰ると、祖父と工は居間で将棋を指していた。
 工は水希に気が付くと、水希が“ただいま”と言うよりも先に声を掛けてくる。
「お嬢さん、お帰りなさい」
「……ただいま、です」
「おう、水希お帰り。……しっかしタク。おめぇ、水希が帰ってくるのよく気が付くな。もしかして水希に惚れてるんじゃねぇか?」
 そう言ってカッカッカと笑う祖父に、水希はドキッとする。

 工さんが、私の事を……?

 だが工は至って冷静に言う。
「親方。俺みたいな奴に好かれたら、お嬢さんだって困るでしょう。冗談でも言わない方がいいと思いますが」
「……水希、そうか?」
 首を傾げながら問われ、水希は曖昧に微笑ってその場を後にする。
(そんな事ないのに……)
 そう思って水希は少しだけ悲しかった。