「やっほー、水希ちゃん。今、帰り?」
突然後ろからそう声を掛けられ、水希はビクッと肩を震わせる。
それもそのハズ。
その声の主は紛れも無く男の人で。
ぎこちなく振り返ればやはりそこに立っていたのは。
近くの男子校の生徒――戸蔵彰正(とくらあきまさ)だった。
≪心の向かう先≫
水希がその人物と初めて会ったのは、確か友達との学校の帰り道だったと記憶している。
彰正は、その時一緒に帰っていた友達、嘉野深千佳(かのみちか)の、いってみれば中学時代のクラスメイトという存在で。
「お、深千佳じゃん。久し振りー」
「あら、彰正。本当、久し振りー」
そんな風に突然会話が始まって、水希は異性が苦手という事もあって、その場を離れようとしたのだが。
「それよりさー、その子紹介してくんねーの?」
自分に話題が移ってきて、離れるに離れられなかったのだ。
「この子は私の友達で、樫本水希ちゃん。水希ちゃん、こっちは私の中学の友達で、戸蔵彰正」
「へぇ〜、水希ちゃんっていうんだ。よろしくね」
「は…い……よろしく……お願い、します……」
おずおずと水希が何とかそう言うと、彰正はズイッっと顔を近付けてきた。
「もしかして、人見知り激しい方?」
そう聞かれたが、水希は急に顔を近付けられて固まってしまった。
だが、すぐに深千佳が彰正の制服の襟を掴んで、水希から引き離した。
「こーら。そう思うんなら不用意に顔近付けない!水希ちゃんがビックリして固まっちゃってるでしょ?」
「そりゃそうか。ごめんねー水希ちゃん」
へらっと笑いながらそう言う彰正に、水希は戸惑うばかりだ。
それに。
深千佳には悪いが、水希はとても彰正に好感を感じられなかった。
その時はそのまますぐに別れたのだが。
問題はその後だ。
週に何度か、学校の帰り道で声を掛けられるようになったのだ。
それも決まって、水希が一人で帰っている時に。
最初は思わず固まってしまって。
半ば強引に一緒に帰る事になってしまった。
彰正が一方的に話し掛けてくる、という感じの道中、水希が俯いていても彼は気にしない。
それは彰正曰く。
「最初は慣れなくても、一緒にいたらその内慣れるから」
との事で。
だが水希は、一向に慣れる事ができなかった。
それどころか、苦痛が増すばかりで。
ある日、水希は思い切って口を開いた。
「あ、の……戸蔵、さん」
「おぉ!ようやく水希ちゃんの方から話し掛けてくれたね。どう?ちょっとは慣れたんじゃない?」
だが畳み掛けるようにそう言われ、水希は再び口を噤んで俯いてしまう。
「あちゃ〜。やっぱりまだダメ?」
少しばかり大げさに言うその彰正の態度に、水希はさらに苦痛に顔を歪ませて。
そんな日々が続いた、ある休日の日。
「……水希さん、何か悩みでもあるんですか?」
とうとう工に心配されてしまった。
「俺でよければ、話してもらえませんか?水希さんがずっと沈んだ表情をされていると、俺も苦しいです」
「ごめんなさい……心配を掛けてしまって……」
だが水希は彰正の事を工に話すのは気が引けた。
いくら相手が半ば強引にしている事とはいえ、やはり工もいい気はしないだろう。
水希が一言、相手に「迷惑です」と言えれば済む問題なだけに、余計に。
「……何でもないです。ちょっと学校の事で、その……」
「水希さん……」
「だから、工さんは心配しないで下さい。私が何とかしなくちゃいけない事ですから」
心配する工に、笑顔でそう言って。
水希は次こそは絶対に、きちんと彰正に言おう、と思った。