芹はお粥を全部食べさせ終えると、薬を飲ませ、杏香を寝かしつける。
「薬も飲んだし、後はしっかり寝れば早く治るよ」
 屈み込んで顔を覗き込みながら優しくそう言うと、杏香は側に置かれた芹の手をギュッと握った。
「……せりくんは……?」
「え……」
「かえっちゃう……?」
 小さな子供のように不安そうな表情でそう聞かれ、芹は胸がキュッと締め付けられる。
「一人で、寂しいの……?」

「……さみしい……」

「――っ」
 目を閉じて、呟くように言われた言葉に、芹は衝撃を覚える。

 風邪を引いて熱が出て。
 気分が弱くなって人恋しい、というのはよく聞く話だ。
 だけど。
 芹にはその呟きがどうしても、杏香の普段隠された本音に思えて。

 まだ高校生なのに、一人で暮らしていて。
 生活費も、学費も、全部自分で稼いでいて。
 まるで、頼る人が誰もいない、一人ぼっちみたいで。
 ずっと寂しい思いをしていたのかもしれない。

 そう思うと、その事に気付けなかった自分が悔しくて。
 芹は思わず言っていた。
「大丈夫。僕は杏香の傍にいるよ?」
「……ほん、と……?」
 不安そうに尋ねてくる杏香に頷いてやれば、彼女はふわりと柔らかな笑みを浮かべて。

「……うれしい……」

 そう言って、そのままスウッと寝てしまった。


 どれくらいの時間、そうしていただろうか?
 芹の手は杏香に握られたままで。
 芹にはどうしてもその手を解く事ができなかった。
「杏香……ずっと寂しかったの……?」
 空いてる方の手で、芹は眠っている杏香の髪を優しく梳いてやる。

 杏香がこんな生活をしている理由を、芹は知らない。
 だから、具合が良くなったら聞いてみようと思う。
 少しでも、助けになれるように。

「……取り敢えずこのままだと帰れないんだけど、どうしよう……」


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 目が覚めた杏香は、起き上がって体を思い切り伸ばす。
「うー…ん……今何時……?」
 そうして携帯を探そうとして、気付いた。
「……芹、君……?」
 そこには、横になって眠っている芹の姿があって。
「え、あれ?何で芹君が寝てるんですかー……?」
 思い出そうとしてみるが、どうにも帰ってくる途中からの記憶が曖昧な気がする。
 慌てて携帯の表示を見ると、日付は変わっていて。
「ずっと……傍に……?」
 そう思ったら、凄く嬉しくて。
 杏香は思わず泣いてしまう。

「芹君……大好きです」
 杏香は芹の体に布団を掛けてやると、眠っている彼の頬にそっと口付けた。