≪以心伝心≫
春斗の家に誰かが来る、という事は滅多にない。
来たとしても、その殆どは宅配便か新聞の集金だ。
それもそのハズ、春斗の実家はかなり遠方らしいし、喋れない事で他人から敬遠され、地元ぐらいにしか親しい友人と呼べる人がいないからだ。
清良は、寂しがり屋のクセにわざわざ一人で暮らしている春斗に疑問を持って聞いてみる。
「やっぱり、コッチの方が仕事多かったの?」
『そうですね。大きな出版社の方が仕事ありますし、名のある翻訳家ならともかく、新人がメールやFAXで“仕事下さい”なんて言っても、無視されるのがオチですよ』
「どの道、直接掛け合わなくちゃいけないんだ……」
春斗の言葉に、清良は彼の苦労を知った気がした。
誰だって独りは嫌だ。
でも、自分にできる事をする為に、敢えてその道を選んだ。
それは凄い事だと思う。
清良は一度、現実から逃げてしまったから、余計にそう思った。
そんなある日。
滅多に鳴らない玄関のチャイムが鳴った。
「新聞の集金かな」
最近ではもっぱら、玄関先で色々と対応するのは清良の役目だ。
というか、それぐらいしかできる事がない。
家事は全然ダメだし、バイトは春斗に泣き付かれて諦めたからだ。
それに清良が応対する方が、都合のいい方がある。
しつこい勧誘やセールスを追い払うには、やはり拒否の言葉をハッキリと口にするのが効果的だ。
しかし、ただでさえお人好しな春斗が追い払うのは難しいと言えよう。声が出ないのをいい事に、強引に話を推し進める可能性もあるからだ。
その点、清良なら相手を一睨みするだけで十分効果がある。
一度など、相手が「ごめんなさい〜〜っ!」と謝りながら逃げ帰った事がある程だ。
とにかくそういう事もあり、清良は当たり前のように玄関の扉を開けた。
「はーい。どなたですかー?」
するとそこにいたのは。
「……アンタ誰よ」
「……は?」
どう見たって中学生くらいの、見知らぬ女の子だった。
「えっと……」
どうしようかと清良が困っていると、その子は可愛らしく清良を睨み付けながら口を開いた。
「私の春斗の家で何してんのよ!?」
その言葉に、清良は眉を寄せて考える。
……“私の春斗”って言った?
“私の”って何だ。“私の”って。
その発言に幾分かムカッとしながらも、取り敢えず清良は家の奥にいる春斗に呼び掛ける。
「……春斗〜?アンタにお客さん〜!」
そうして目の前の少女に向き直ると、彼女は先程よりも険しい表情で睨み付けてきていた。
だが、清良にとってそれは可愛いものとしか写らず、全く怯まない清良に、少女はさらに苛立ちが増したようだった。
すると奥からゆっくりと春斗が現れた。
春斗は訪問者に思い至らないようで、首を傾げていた。
「随分可愛らしいお客さんだな」
清良はそう言って、春斗に少女が見えるように体の位置をずらす。
「!」
すると春斗は、目に見えて驚いた表情をする。
そうして。
少女の方は清良に向けていた表情とは打って変わった満面の笑みを浮かべると、そのまま春斗に抱き付いた。
「会いたかった」
その様子を清良は唖然としながら見つめ、春斗は困惑とも苦笑とも取れる微妙な表情を浮かべながら、その少女を受け止めていた。