取り敢えず場所を玄関先から部屋の中に移して。
 だが移動の合間もずっと、少女は彼にべったりとくっついたままだった。
 それが清良は何だか面白くない。

『彼女は僕の父方の従妹で、朝霞華蓮といいます』
「……従妹?」
 その事に清良は、その華蓮という少女が春斗と親しい理由も頷けた。
 だけど。

 ……ちょっとくっ付きすぎじゃないか?
 そりゃ、確かに久し振りに会った従兄に甘えたいとか思うかもしれないけど……。
 それに。
 先程彼女が言っていた言葉。
 “私の春斗”。
 それがどうにも気になってしょうがない。

『彼女は昔からこの通り、僕の事を本当の兄のように慕ってくれているんです』
 そうして春斗は華蓮を見ると、優しい眼差しを向ける。
 その事に清良は思わずムッとする。
 と、その清良の表情に気付いたのか、華蓮が微かにフッと笑った。
 そうして春斗の方を向くと、手話を使って話し始めた。
「っ!」
 清良が感じた事だから違うかもしれないが、その笑みは確かに勝ち誇った様子で。
 しかも手話で会話をされたら、清良には全く分からなくなる。

 清良は、急に疎外感を感じた。


 清良は暫く春斗と華蓮が手話で会話する様子を眺めてから、徐に立ち上がった。
 するとすぐに春斗が反応する。
「そのままでいいよ。何か飲みモン持ってくるだけだから」
 清良がそう言うと、春斗はホッとしたような表情を浮かべる。
 冷蔵庫を開けて、清良は無難にペットボトルのお茶を選ぶ。
 ジュースにも好みがあるだろうし、炭酸系は飲めないとも限らない。

 そうして適当に飲み物をコップに注いで戻ると、春斗はジッとこちらを見てた。
「心配すんなって……ほら」
 コップを差し出すと、春斗は嬉しそうに受け取る。
「はい、アンタも」
「……どうも」
 そう言った華蓮の声には不満が含まれていた。
 どうやら清良が席を外している間、春斗はずっと会話を中断していたらしい。
 先程の春斗の様子から考えて、間違いないだろう。
「春斗、アタシの事はいいから」
 するとシュンとした様子で春斗が俯いたまま目線だけを寄越してくる。
「久し振りなんだろ?」
 それでも俯く春斗に、清良は言う。
「春斗の気持ちだけで十分だから」
 本当はそんな事なかったが、そう言わないと春斗は俯いたままだろう。

 と、そのやり取りを見ていた華蓮が怪訝そうに言う。
「ちょっと、一体何の事?」
 その言葉に、清良と春斗は一度顔を見合わす。
「や、だって春斗がアタシの事、気にするから」
 清良がそう言うと、華蓮はますます顔を険しくさせる。
「アタシがどっか行っちゃうんじゃないかとか、手話に混ざれない事とか」
「何ソレ。春斗がいつそんな事……」

 確かに。
 春斗は態度で示しただけだ。
 だけど清良は春斗が何を言いたいのか分かった。