≪伝える決意≫
それは、清良が春斗と一緒に暮らすようになってから、半年が過ぎた辺りの事だった。
『このお仕事が一段落着いたら、一緒にどこかに行きませんか?』
と、春斗がそう提案してきた。
「一緒にどこかって?」
『旅行です』
「え……マジで!?」
旅行という言葉に若干興奮気味に清良がそう聞くと、春斗はニッコリと笑って頷いた。
そうして旅行当日。
清良は朝からハイテンションだった。
「なぁなぁ、どこ行くんだ?そろそろ教えてくれたっていいだろ」
『着くまで秘密です』
「ケチー。じゃあさ、取り敢えず電車で行くんだろ?結構乗ってる時間長い?」
『三時間ってトコでしょうか』
「じゃあ駅弁!電車の中で駅弁食べようぜ!」
嬉しそうにそうはしゃぐ清良を微笑ましく見つめながら、春斗は清良の手を繋ぐ。
いつもなら、春斗がそうするとすぐに恥ずかしがる清良だが、今はそれすらも嬉しそうにしている。
『楽しみですか?』
「勿論!」
元気よくそう返事をして、清良ははにかみながら言う。
「あの、さ。アタシ、旅行って初めてなんだ。だから、マジで楽しみ」
その言葉に、春斗は首を傾げる。
『学校行事で行きませんでしたか?』
すると清良は首を横に振った。
「親の都合っていうのかな……そういう行事には、参加させてもらえなかったんだ」
『そうなんですか……どうして?』
「知らないよ、あんな奴らの考える事なんか」
そうして清良は、当時の事を思い出したのか、寂しげに呟いた。
「……遠足とかの行事の時も休まされて、なんか勉強ばっかやらされてた気がするけど。ちなみに中学の時にはもう不良やってたから自主サボリ」
そう言う清良の表情は笑顔だが、どこか無理に作ったもので。
春斗は優しく頭を撫でてやる。
『楽しいものにしましょうね、旅行』
「おうっ!」
そうして電車を乗り継いで着いたのは、静かな山間にある小さな温泉街。
オフシーズンの為か、観光客もまばらだ。
「へー、結構いい感じのトコじゃん」
『行楽シーズンになると、この辺りも人が増えるんですけどね』
「ん?てことは春斗、前にもココに来た事あんの?」
春斗の言葉に疑問を持った清良がそう聞くと、彼は頷いた。
「そうなんだ。家族と?」
『まぁ、そんな感じでしょうか?』
「……何か引っ掛かるセリフだな、それ」
清良がムスッとした感じで言うと、春斗はフッと微笑った。
『着きましたよ』
春斗が指差したのは、素朴な趣の木造の旅館だった。
「何か、暖かそうな雰囲気だな」
清良がそう言うと、春斗は嬉しそうに微笑む。
だが。
「春斗っ?玄関はあそこだろ?」
春斗は旅館の玄関には向かわず、裏の方へと回った。
「な、なぁ春斗。ヤバいんじゃないのか?こんな勝手に……」
結局、春斗は裏口と思しき入口から中に入ってしまって。
清良は誰かに見つかったら……と考えて、内心冷や汗モノだった。
しかし、コソコソしている清良と違い、春斗は堂々と中を進んでいく。
そうして二階のある部屋の前で止まった。
「春斗〜っ、マジでヤバいって〜っ!」
清良は止めるが、春斗は構わずにその部屋のドアを開ける。
だがその部屋の中はどう見ても旅館の一室、という訳ではなく。
誰かの部屋だった。
勉強机と本棚とベッドのある、誰かの私室。
春斗はその部屋に迷わず足を踏み入れると、本棚から一冊の本を抜き取って清良に見せた。
「……教科書……?」
渡されたその教科書に戸惑いながら、清良がふと裏を見たそこには。
“朝霞春斗”
そう名前が書いてあった。
バッと顔を上げると、春斗はニコニコしていて。
まるで悪戯に成功した子供みたいな笑みだ。
だが清良はそれどころではない。
「え……はっ!?ちょ、もしかしてココって……」
混乱する頭が導き出した、一つの答え。
「春斗の実家!?マジで!?」
叫ぶようにそう言う清良を、春斗は嬉しそうに見つめていた。