ただ。
華蓮のこれまでの言動に、清良はふと違和感を感じた。
「……あのさ。なんて言ったらいいか、よく分かんないんだけど、さ」
「なによっ」
「その気持ちは、本当に恋愛としての気持ちか?」
「……どういう意味よ」
「憧れとか、親兄弟に向ける好き、っていう気持ちとかを、錯覚してるだけじゃないのか?」
何となく。
華蓮の春斗に対する気持ちが、まだ恋愛に発展していないように思えた。
子供じみた、独りよがりの言動。
「なんかさ。アンタ見てると、本当は春斗の事、恋愛対象として見てないんじゃないかなーって」
清良のその言葉に春斗は驚き、華蓮は顔を真っ赤にして怒った。
「見てるわよ。春斗の事、大好きだもの!」
「じゃあさ。春斗が自分をどう見てるか、どう思ってるかって、気にしないのか?」
「どうって……」
「人を好きになると、臆病になるんだ。ちゃんと自分の事、想ってくれてるのかとか、少しでも可愛く見られたいとか」
「そんなの、決まってるじゃない。春斗は私の事、ちゃんと好きだし、可愛いと思ってくれてるわ」
自信たっぷりにそう言う華蓮に、清良は軽く息を吐く。
「ま、アンタの言う通りだろうな。だけどそれは、一人の女の子としてじゃなくて、従妹だから、だろ?」
「!」
「だってそうだろう?自分に懐いてくれてるんだから。アンタもそうなんじゃないのか?優しい従兄のお兄ちゃんだから、好きって」
「は、春斗……」
その言葉に、華蓮は春斗に縋るような視線を向ける。
「……好きっていう気持ちの違いも分からない内から、周りの大人に乗せられて、思い込んでるだけなんじゃないのか?」
「ち、違う!」
目に見えて動揺して、華蓮は春斗に縋りつく。
「わ、私は春斗の事、ちゃんと好きだもん!」
そんな華蓮に、春斗は問い掛ける。
『ねぇ華蓮ちゃん。僕といて、ドキドキする?』
「ドキドキ……?」
『僕と離れて暮らして、逢えなくて泣きたくなる程、胸が苦しくなった事はある?久し振りに逢えて嬉しいのに、胸が苦しくなった事は?』
「春斗……?」
『よく考えてみて』
春斗のその言葉に、華蓮は暫く考える。
そうして。
「……ない」
ポツリと、そう言った。
暫く三人とも無言が続いて。
沈黙を破ったのは華蓮だった。
「……許さないから」
そう呟いて、涙目でキッと清良を睨み付ける。
「春斗を傷付けたら絶対、許さないんだからっ!そうしたら春斗をちゃんと好きになって、貴女から奪ってやるんだから!」
「や、アタシが春斗を傷付けるとかないし」
「う、うるさい!貴女なんか嫌いよ!」
そう言って、華蓮は清良に向かって舌を出すと、そのまま走って行ってしまった。
「……取り敢えず、認めてもらったのか……?」
首を傾げる清良に、春斗も苦笑した。
その後は春斗の案内で地元の色々な場所に連れて行ってもらって。
旅館に戻って春斗の父親に会ったが、寡黙な父親らしく、簡単な自己紹介をするだけに終わった。
そうして夕食は、旅館内の空き部屋に用意してもらって二人で食べて。
次の日、春斗と清良は朝食後、早めに旅館を出てこっそり帰る事にした。
「いいのか?挨拶とかしてかなくて」
『またややこしい事になりそうですしね。悪いとは思いますが……』
「あー……確かに」
だが。
「春斗!」
結局女将に見つかってしまった。
「何も言わずに出て行くつもりだったの?」
そう咎められて、春斗は苦笑いをする。
「……それはそうと、華蓮ちゃんに何を言ったの?あの子、急に婚約解消するって言い出したらしいんだけれど?」
そう言って冷ややかに清良を睨み付ける。
『彼女の気持ちをちゃんと確かめずに話を進めたからですよ』
「春斗……ど、どういう……」
『“親愛の好き”と“恋愛の好き”を取り違えていた。それだけです』
春斗はそれだけ伝えると、愕然とする女将をそのままに、清良を促した。
駅まで歩く道すがら、清良は気になって聞く。
「あのままでよかったのか?」
『ええ。皆、考える時間が必要なんですよ』
「そっか」
そうして駅に着いた所で、思ってもみなかった人物に会った。
「春斗」
どうやら待ち伏せしていたらしい人物は、華蓮だった。
「学校どうしたんだよ」
清良がそう聞くと華蓮は、いーっと威嚇でもするかのように歯を見せた。
「今日は学校、休みだもん」
そうして春斗に向き直ると、おずおずと言う。
「あの、ね。ちゃんと皆に言ったから。だから……許してくれる?」
すると春斗は優しく微笑んで頷く。
「てかさ、別にアンタだけのせいじゃないじゃん」
「貴女には聞いてないわ」
フンとそっぽを向く華蓮に、清良はやれやれといった感じで肩を竦める。
「元気でな」
そう言ってぽふっと頭を撫でると、華蓮は慌てて払い除けた。
「な、なによ!貴女にそんな事言われる筋合い……」
すると、春斗も同じようにぽふっと華蓮の頭を撫でた。
「春斗……」
「春斗も“元気でな”ってさ」
「何で貴女が言うのよっ」
噛み付くようにそう言う華蓮に、清良はハハッと笑って言う。
「いいじゃん。……また向こうに遊びに来いよ。今度は従妹としてさ」
「……言われなくても、行くわよ」
「……そっか。じゃあな」
そうして春斗と清良は華蓮に別れを告げるように手を振った。
帰りの電車の中で、清良はしみじみと言った。
「何か、大変な旅行だったな……」
『でも、意味のある旅行だったと思いますよ』
「そうだな」
そうして二人は、笑い合った。
自分の想いや気持ちを伝える。
それは大変な決意。
=Fin=