≪教えたい場所≫
外の陽射しが柔らかくなり、ポカポカとした陽気が日中に時々表れ始めた頃。
清良は散歩と称して春斗を外に連れ出した。
「うーん、もう春だな」
伸びをしながらそう言うと、春斗は微笑んで頷いた。
「春斗はやっぱり、春生まれ?」
『そうですね。もう少ししたら、誕生日です』
「そっか。じゃあそん時はお祝いしなきゃな」
ニッと笑って清良がそう言うと、春斗は嬉しそうに笑う。
『ところで、どこに向かってるんですか?』
散歩と称しているのだから目的地はないハズなのだが、春斗には清良がどこかに向かっているような足取りに思えてそう聞いてみた。
「ん、ちょっとな。なんていうか……アタシのとっておきの場所?」
清良はそう言うだけで、目的地を言わない。
だが春斗は、清良の“とっておきの場所”を教えてもらえる事が嬉しくて、どこに着くのか楽しみになった。
そうして着いたのは街を見下ろせる高台の公園で。
眼下に広がる景色に、春斗はゆったりと微笑む。
『いい眺めですね』
「だろ?嫌な事があった時にココに来ると、何かどうでもよくなっちゃうんだよな」
『分かります。この景色を前にしたら、自分の悩みや抱えてるものなんて、凄くちっぽけな事に思えてきそうですから』
「ま、ココはおまけ。本当に春斗に教えたいのはこっちなんだ」
「?」
その場から歩き出す清良に、首を傾げながらも春斗は付いて行く。
清良はあまり人の立ち入らないような公園の外れまで歩いて。
一本の樹の前で立ち止まった。
「この桜を、春斗に見せたかったんだ」
その桜の樹は、もうポツポツと花を咲かせていて。
他はまだまだ蕾の状態なのに、と春斗が思っていると、清良が桜を見上げながら言った。
「この樹だけ、咲き始めが早いんだ。十月の終わり頃から、もう咲いてる」
清良のその言葉に、春斗は驚く。
桜は春の花だ。
早咲きの桜として有名な寒緋桜が咲き始めるのだって、一番早い沖縄でさえ一月だというのに。
それにこの桜は恐らくソメイヨシノ。
いくらなんでも十月というのは早過ぎる。
時々、秋に狂い咲きする事もあるが、それとも時期はずれている。
そう思っていると、清良は続ける。
「この樹だけなんだ、こんな咲き方するの。十月の終わりから、ポツポツと花をつけ始めて……五月の始め頃まで花が残ってる」
『そんなに長く咲いてるんですか?』
「ああ。少しずつ花を咲かせていくから、満開になる事はないんだ」
それはそうだろう。
五ヶ月間も花を咲かせ続けるのだから、一度に大量に花開く事はない。
「この樹……アタシみたいだって、ずっと思ってるんだ」
『どうして?』
「この樹は、寂しい枝ばかりが目立って、全然綺麗じゃない。近付けば確かに、花は綺麗に咲いてるけどさ。それにきっと、この樹に気付いてる人は殆どいない」
清良の言葉は。
そのまま自分になぞらえたものだった。
不良という見た目ばかりが目立って、誰も近付かない。
誰も見向きもしない。
本当は寂しいのに。
自分を見つけて欲しいのに。
誰か、気付いて。
春斗は、清良がそう言っているようにしか聞こえなかった。
「アタシはこの樹、好きなんだけどね。花が咲いてるのを見ると、アタシも頑張んなきゃって思ったし。……だから春斗にも教えたかったんだ。この樹の存在」
そう言って笑う清良は、何だか少し寂しそうな笑顔で。
先程、清良自身が言ったように、彼女はこの樹に自分を重ねているのだろう。
『ちゃんといますよ、気付いている人は。だって、少なくともこの樹の存在を、清良さんは知っていたから』
「ん。そうかもな」
『僕も今日、この樹の存在を知りました』
「……そうだな」
『僕もこの樹、好きだなって思います』
「……うん」
『……今日はもう帰りましょうか。ココにはまた、二人で来ましょう?』
春斗がそう提案すると、清良は無言で頷いた。
ひっそりと花をつける桜の樹。
決して満開になる事はなくて。
それでも頑張って花を咲かせている。
誰も見向きしなくても。
もしかしたら、まだ不良になる前から、この樹に自分を重ねていたのかもしれない。
親の言う事をちゃんと聞いて、頑張っていた時から。
でも、清良の両親がその花を見つける事はなかった。
春斗はそんな気がしてならなかった。
特別な場所には、特別な人と。
そこを教えるのはきっと。
自分の事を知って欲しいから。
=Fin=