その日も、いつもと変わらないハズだった。
 いつものように春斗は仕事をしていて。
 清良は洗濯物を畳んだりと、自分に出来る事をしていた。
 少なくとも、春斗が倒れるまでは。


≪伝わる優しさ≫


 僅かな物音だけの静かな空間。
 だが、二人にはそれが心地良くてさして気にもならない。
 そもそも、春斗は喋れないのだから、会話をしようとすれば、彼の手をいちいち止める事になり、仕事の邪魔になる。
 だからというのもあったが。
 そんな中で、不意に春斗が動く気配がした。
 そう思ったら。
「うわっ!?」
 急に春斗に寄り掛かられ、清良は驚く。
「は、春斗!?急に何……」
 急な事に文句を言おうと、清良は春斗に顔を向ける。
 けれど、すぐに動きを止めて、目を瞠った。

 春斗の様子がおかしい。
 顔赤いし。
 少し苦しそうに眉顰めてるし。
 呼吸も何だか荒い。

 その事に、清良は春斗を支えつつ、自身の体の向きを変える。
「春斗、どうした?大丈夫か?」
 そう声を掛けるも、春斗からは何の反応も無くて。
 清良は額に手を当ててみる。
「!?スゲー熱……え、こういう場合、どうすればいいんだ!?」
 プチパニックに陥りそうになりながら、清良は必死に考える。
「えっと、熱の時は座薬!……は、待て待て。流石に無理」
 自分で自分にツッコミを入れながら、改めて考える。
「……そうだ、熱を測らないと。あ、でもこのままじゃ辛いよな……まずベッドに寝かすか」
 清良はそう考え、春斗を引き摺るようにしてベッドまで連れて行く。

「……見た目ヒョロっとしてるくせに、何でこんなに重いんだ……」
 何とか春斗をベッドに寝かせた清良は、体温計を取りに行く。
 そうして戻ってきて計ると、もう少しで39℃という所だった。
「うわ……これけっこうヤバくねぇ?病院とか連れて行った方がいいのかな……」
 思ったよりも高い体温に、清良はうろたえる。
 すると、ふと春斗が気が付いた。
「あ、春斗!大丈夫か?病院行く?」
 そう聞くが、春斗は緩やかに首を横に振って。
 ギュッと清良の腕を掴んだ。
「ん?何、春斗。どうした?」
 縋るように見つめてくる春斗に、清良は困ったように微笑む。
「……そんな心配しなくても、ちゃんと傍にいるから」
 そう言って手を握ってやれば、春斗は安心したように目を閉じて。
 暫くすると、そのまま寝てしまったようだ。
「全く……馬鹿だな、春斗」

 病気の時は心細くなる、とはよく言うけれど。
 普段から春斗は、心のどこかで不安に思っている節がある。
 ある日突然、自分の傍から清良がいなくなってしまうのではないか、と。

「アタシが春斗から離れる訳無いじゃん……」

 そう呟いて、暫く春斗の寝顔を眺めて。
 よし、と気合を入れると、清良は春斗の看病をする事にした。


「まずは、熱を冷まさなきゃな」
 そう思って薬箱を見るが、額に貼る冷却シートは無くて。
「……取り敢えず、冷やしたタオルでも乗せておくか」
 少し考えて、清良は少しだけ氷を入れて冷たくした水にタオルを浸して、固く絞ると春斗の額に乗せた。
「さてと……次は何だ?」
 ここ数年、熱を出した記憶なんて無くて。
 本当に小さい時の事は、むしろ忘れようと思っていただけに、いざ思い出そうと思っても、それは容易ではない。
「……定番としては、薬と水とお粥か……?」
 念の為、清良は春斗のノートパソコンを借りて、ネットで検索してみる事にした。

「結構色々あるんだな……へー冷やすなら脇の下の方が効果的なのか」
 熱が出たら、額に濡れタオルが定番だと思っていただけに、それには驚く。
「で、水よりスポーツドリンク?後は……アイス食べさせてもいいんだ」
 流石にアイスは、何も食べれない時の最終手段みたいだが。
「お粥の作り方は、っと……これなら作れる、かな?」
 確かご飯の残りがまだ炊飯器に残っていたハズだから、と思って清良は確認しに行く。
「良かった、あった。えーっと、土鍋は……」
 料理はあまり作れずとも、普段から春斗の手伝いをしている清良は、ちゃんと何がどこにあるのか分かっている。
 そうして土鍋を出すと、ご飯とお水を入れて、火にかけた。