そうして数十分後。
弱火でコトコト煮続けた土鍋が、何だか焦げ臭くなってきた。
慌てて蓋を開けると、底の方が焦げ付いていて。
「しまった……」
こんな簡単なのも作れないのかと一瞬落ち込むが、すぐに気を取り直す。
「ま、まぁ焦げてないトコなら大丈夫、だよな?」
そう思って器に移し替えて。
梅干と一緒に持って行く。
「春斗……?」
そっと声を掛けて様子を見るが、春斗は眠ったままで。
タオルに触ると、もう殆ど冷却効果はないようだったので、再び水に浸して固く絞り、額に乗せる。
「ん……」
すると、冷たいタオルに反応したのか、春斗は薄っすらと目を開けた。
「あ、悪い、起こしたか?」
顔を覗き込んで清良が声を掛けると、春斗はゆるゆると首を横に振った。
恐らくは、気にしないで、という事だろう。
「そっか。あ、お粥作ったんだ。食べれるか?」
清良がそう言うと、春斗は起き上がろうとしたので、慌てて手助けしてやる。
そうして器を渡そうとするが、春斗は何故か受け取らず。
代わりに周囲を見回し始めた。
「……春斗?」
怪訝に思って清良が声を掛けると、春斗はジェスチャーで何かを書くような動きをして。
「ああ、メモ帳か。ちょっと待ってろ」
そう言って清良はメモ帳を取りに行く。
「ほら、メモ帳とペン」
すると春斗は、いつもより少し緩慢な動作で何かを書く。
『食べさせてくれないんですか?』
その言葉に、清良は一気に真っ赤になる。
「っんな!?だ、誰がするか!」
思わず大声を出してしまい、清良はハッとして口を噤む。
「……悪い、大声出して」
すると春斗は首を横に振り、清良は少しホッとした。
だが。
再び同じメモを見せられ、首を傾げられる。
「……だから、しねぇって」
何と言われようと。
そんなこっ恥ずかしい事、できるか。
そう思って頑なに断り続けて。
とうとう諦めたのか、春斗は自分で食べようと、器とレンゲを手に取った。
しかし。
熱のせいで手に力が入らないのか、なかなか食べられない。
「〜〜っああ、もう!貸せ!」
それを見かねて、清良は器とレンゲを春斗から奪い取るようにして、掬ったお粥を春斗に突き付ける。
「……ほら」
春斗は目を瞬かせて、お粥と清良を見比べて。
嬉しそうに、フニャっとした笑みを浮かべると、お粥にパクついた。
「……言っとくけどな、今回は特別だからな。お前が食べられない状態だからしてるんだからな」
不満そうに、けれど心なしか薄っすらと頬を赤く染めてそう言いながら、清良は春斗にお粥を食べさせ続ける。
「アタシは熱出しても、自分で食べるからな。食べさせてあげる、とか言うなよ?」
けれど、聞いているのかいないのか、春斗はずっと笑顔のままで。
「……なぁ、美味いか……?」
そう聞くと、春斗はコクンと頷く。
その事に幾分かホッとしつつ、清良はもう何も言わずにお粥を食べさせ続けた。
清良が作ったお粥を全部平らげて、春斗は再び眠りに着いた。
「ったく、熱なんか出しやがって……」
始めよりはマシになったものの、まだ熱を帯びた呼吸をしている春斗の寝顔を眺めて、清良は眉を寄せる。
「……薬、後で買いに行かなきゃな……」
薬箱には熱に効く薬はなくて。
スポーツドリンクはあったので、取り敢えずそれを飲ませた。
「……アタシ、ダメだなぁ……」
看病すら、中途半端にしかできない自分を、清良は悔やんだ。
薬があるかちゃんと確認して、お粥を作る前に買いに行けばよかった。
そのお粥だって焦がしちゃったし。
……春斗が寝る前に、着替えもちゃんとさせてやればよかった。
何で。
何でこんなにも、上手くいかないんだろう。
苦しそうなのに、代わってやる事もできなくて。
眠ってるのを、見てるだけしかできない。
「春斗も、同じ気持ちだったのかな……」
清良が不良グループから抜ける為に受けた脱会リンチ。
その為、病院に運ばれて一時は本当に危なかったらしくて。
春斗は、大怪我をしてずっと目を覚まさないから、凄く心配したと怒っていた。
正直あの時は、心配を掛けたのは分かったけど、自分が目を覚ますまで、春斗がどんな気持ちでいたのかなんて、考えもしなかった。
毎日毎日、見ているだけしかできなくて。
代わってあげる事もできなくて。
それが悔しくて。
不安で。
今になって、少しだけあの時の春斗の気持ちがちゃんと理解できた気がする。
「熱なんか早く治せよ……」
何だか泣きたいような気持ちになりながら、清良はそう呟いた。