リビングに入った所で、毅はきちんと正座をし、深々と頭を下げ、ハッキリとした口調で言う。
「初めまして。現在冴さんとお付き合いさせて頂いてます、有藤毅といいます。知らなかった事とはいえ、突然の訪問で親子水入らずを邪魔してしまい、申し訳ございません」
 その事に冴を始め、冴の両親も戸惑う。
「あ、あらあら、いいのよ。そんなに畏まらなくても……」
 取り敢えずそう言ったのは冴の母親だ。
「そ、そうよ。私がちゃんと話さなかったのが原因なんだし……」
 まぁ、話した所で毅は同じ行動を取っただろうが。
「それはそうと、毅君。お腹空いてない?丁度ご飯を食べる所だったのよ」
 冴の母親がそう言うと、毅は笑顔で言う。
「あ、はい。いただきます」
「じゃあ、お皿出すわね」
 その事に、冴は仕方なしにそう言って席を立つ。

 ……親子水入らずを邪魔して悪いと思ってるなら、帰ればいいのに。
 ああ、でも本当なら今日は二人でこうしてご飯を一緒に食べてるハズだったし。
 ここで帰られても、逆に質問攻めに遭いそうで嫌かも……。

 そんな心の葛藤をしながら、冴は毅用の食器を出す。
「はい、毅君」
「ありがとうございます、冴さん」
 そうして一見和やかに夕食は始まったのだが。
 冴は先程から、一言も言葉を発しない父が、毅をどう思っているのか気になっていた。
 冴の父は、普段からそれなりに寡黙な人だが。
 だからといって、全く喋らない訳でもない。
 だからこそ、その沈黙が何を意味しているのか、冴は気が気ではなかった。
 それなのに。
 そんな事を全く気にも留めていないのか、毅と冴の母は楽しそうに話をしている。
「毅君は冴よりも若いみたいだけど、いくつなのかしら?」
「今年で24です。冴さんとは6つ違いですね」
「そうなの?じゃあ、どこで知り合ったのかしら」
「あ、同じ会社なんですよ。部署も同じで。去年新入社員で入った時に、俺の教育係だったのが、冴さんなんです」
「まぁ。じゃあ付き合ってまだ1年くらいなのかしら?」
「そうですね。大体それくらいです」
「それで?告白はどっちからだったのかしら」
 流石にその質問に、冴は口を挟む。
「お母さん!何聞いてるのよ!?」
「だって、気になるじゃない」
「気になったからって聞くような事じゃないでしょう!」
「まぁまぁ冴さん」
 怒る冴を、毅が宥めて言う。
「俺は別に気にしませんけど?」
「私が気にするわよっ」
「それで、どっちから?」
「あ、俺です」
「毅君!」
 そんな風にやり取りしていると、それまで黙っていた冴の父が口を開いた。
「有藤君、といったか」
 その重々しい口調に、部屋の中は一気に静まり返る。
「はい」
「君はまだ若い。だが、冴は今年でもう三十路だ。その意味が分かるかね」
「……結婚、ですね」
 結婚。
 その二文字は、冴と毅の間で意識するにはまだ早く、だが冴の年齢的には焦りを感じさせるモノだ。

「君は、冴の将来をきちんと考えた上で、付き合っているのか?」

 親としては、娘には早く結婚をして幸せな家庭を築いて欲しい。
 だからこそ、将来の事を何も考えずに付き合っているというのであれば、それは都合が悪いのだ。
 子供を産める年齢にも限界があるのだし、今からきちんとした相手を探さなければ遅いだろう。
 冴の父は、その事を言っているのだ。
 だが。
「……俺は確かにまだまだ若造です。仕事も中途半端だし、社内での立場だって、冴さんより下です。今の俺の稼ぎじゃ、彼女を十分に養う事さえ出来ないでしょう」
「毅君……」

「でも俺は、冴さんの隣を誰かに譲るつもりはありません」

 キッパリとそう言う毅に、冴の父は目を眇める。
「それに、今すぐ結婚できないなら別れろなんて言われても、それは貴方の都合でしょう?俺もそうですけど、まず冴さんが納得しませんよ」
 その言葉に、視線が一気に冴に集まり、冴は少し体を固くしたが、息を吐いて言う。
「……そうね。お見合いなんてしたい人がすればいいし、妥協して結婚するぐらいなら、私は独身を貫くわ」
 冴の言葉に、父親は「そうか」と小さく呟くと、毅に視線を戻す。
「……酒は、いける口か?」
「大好物です」
 そうして今度は、男二人で飲みだした。