高等部進級を目前に控えたある日。
「高等部で、担任が龍矢さんだったらいいなぁ。それがダメならせめて数学の教科担任ぐらいはっ!」
「さぁどうだろうな。ま、俺の授業は厳しいけど?」
「うっ……」
 実はもう龍矢はその答えを知っているのだが。
 幸花には悪いがこれは内緒。


 そうして、始業式当日。
 龍矢が家に帰ると、そこには不機嫌そうな顔の幸花の姿があった。
「……龍矢さんじゃなかったね」
「誰だった?」
「……早坂っていう……数学の先生」
 幸花の担任の名前を聞いて、龍矢は密かにほくそ笑む。
「それは残念」
「もう絶対に数学の教科担任早坂先生だよぉ〜」
「ま、そうだろうな。俺は二年の担当だし」
「うぅっ来年こそはっ!」
 意気込む幸花を見て、龍矢は内心苦笑する。

 多分幸花の思いは叶わないと思うな。
 だって学年が上がれば教師もそのまま繰り上がるし。
 ……ま、今は言わないでおくか。

 それよりも。
「幸花。担当教官室って知ってる?担当教科ごとに準備室があるんだけど」
「……?知らない」
「詳しい説明は明日か……ま、いいや。俺も直樹も…あ、ごめん早坂ね。あいつも数学準備室の常連」
「えっと……?」
「担任をダシに会いにおいで」
「!うんっ!」
 といっても、面と向かって話は出来ないと思うが。


 それからは、よく幸花は数学準備室に現れた。
 日直だったり、数学の質問だったり。
 数学の質問の時は、勿論龍矢は無理に話に割り込んだが。


 GWを過ぎて中間テストが終われば、一年生は高等部最初の行事、一泊二日の野外生活がある。
 だが、幸花はこの行事には不参加だ。
 何故なら事故の心的外傷で、未だに車に乗る事が出来なかったから。
 そう簡単に治るものでもないし、学校の方には酷い車酔いで不参加、という事で話を通してある。勿論事情を知っている理事長は快くOKしてくれた。
 但し、その間の登校を義務付けて。