「龍矢お兄ちゃんにとって、私ってそれだけの存在なんだ……」
「幸花?」
「妹みたいだから、保護者だから、それで私に優しくしてくれるんだ」
「急にどうしたんだ、幸花」
「私……私は龍矢お兄ちゃん……ううん、龍矢さんの事が、好き…なの……」
幸花の突然の告白に、龍矢は戸惑う。
「幸花?ちょ、え?ちょっと待って?」
「ちゃんと、私自身を見て欲しいの……ねぇ、私じゃダメ、かな……」
そう言って、瞳を潤ませて上目使いに見上げてくる幸花に、龍矢は不覚にも一瞬ドキッとさせられた。
この年代特有の、未成熟な危うい色香。
少女から大人へと成長する過程で、時折見られる不安定な美しさ。
思わずゴクリと喉を鳴らす。
今まで、常日頃からそういう年代を見慣れている龍矢がそれを意識させられた事はない。
どちらかと言えば、そんな物がこいつらにあるのか?といった感じだ。
だからこそ、自らの反応に正直驚いたし、内心かなり慌てた。
おいおいおいっ!シャレになんねーって!
ともすれば、過ちを犯してしまいそうになる自分を厳しく律する。
「それとも……やっぱり、彼女とかいるの……?」
「いや、いないから!」
何故だか即答で否定してしまって、先程の言葉を思い出す。
『……私、邪魔じゃない……?』
あぁ、成程。
もし俺に彼女がいたら、って考えたんだな。……って、今はそんな事考えてる場合じゃない。どうすればいいんだ。
俺は幸花をどう思ってる?
「幸花?落ち着いて話そう。……年齢とかは考えた?」
そう、一時の気の迷いという事もある。
「知ってるよ。十一歳差でしょ?……龍矢さんは、年下嫌?それとも、離れ過ぎって思う?」
別に年下は嫌ってワケじゃない。それに、年の差カップルなんて最近じゃ結構良く聞く話だ。
ただ。
幸花は中学生なんだよなぁ……。
いや、あと二ヶ月ぐらいで高校生か。
「……俺、先生だぞ?従兄だけど、後見人って立場にもいる。バレたら周りだって黙っていないし、罪になる事だってあるかもしれない」
「罪……?」
考えてみれば、ある意味凄い立場にいるんだよな。
「例えば……後見人って立場を利用して、まだ自分でろくに判断も出来ない未成年をたぶらかして、とか?」
「私が自分で好きになったんだもん……たぶらかされてないもん……」
あ、拗ねた。
「生徒を唆して自分のモノにする淫行教師とか?」
「龍矢さんはそんな事しない……!」
……今のは少し嬉しかったな。
信用されてる。うん。
いや、勿論そんな事しないし。
「誰にも言えないんだぞ?そりゃ従兄妹って立場を利用すれば、今まで通り一緒に外を歩く事は出来る。でも、仲のいい恋人同士、って感じのデートは出来ないんだ。それは耐えられる?」
龍矢は、自分で言いながら少し苦しくなった。
すると幸花は、突然龍矢に抱き付いた。
「……龍矢さんがいてくれれば、いいもん」
「幸花……」
どうやら気持ちは変わらないらしい。
突き放すべきなのだろうか?
今よりもっと多くの人と関われば、きっと俺よりいい人が見つかる筈だと。
今はまだ、事故のショックで、優しくされて勘違いしているだけだからと。
だけど、もし現れなかったら?勘違いなんかじゃなかったら?
実際、そんな奴いなければいいと、勘違いじゃありませんように、と思う自分がいる。
それに何より、この笑顔を失いたくなかった。
八年前のあの日、俺を救ってくれたあの笑顔を。
今この時、俺に向けられる笑顔を。
ああ、そうか。
俺は……。
龍矢は、自分に抱き付いている幸花を離すと、正面から向き合う。
「幸花。少し時間をくれないか?俺は今まで、無意識に幸花をそういう目で見ないようにして来たんだと思う。対象外ってワケじゃなくて、過ちを犯さない為。意味は分かるよな?」
「……うん」
「だから、時間を頂戴。もしもその間に気持ちが変わったら言って」
「……変わらないもん……それより、龍矢さんは……」
幸花は、答えをはぐらかされたと思って泣きそうな表情になる。
「多分、俺も幸花が好きなんだと思う。……今気付いたばっかだけどな」
「!」
そう言って龍矢は苦笑する。
「五月まで待って。俺の誕生日まで。……いい?」
「……長いよ、それ……。でもいいもん、待つから」
本当は幸花、君に逃げ道を用意したんだ。
それだけあれば、自分を見つめ直す時間もあるし、高等部で好きな人ができるかもしれない。
本当は、高校卒業まで期限を与えた方がいいのかもしれない。
でも、それではあまりにも長いし、俺にもチャンスは欲しい。
幸花。
期限を過ぎたらもう、逃がしてあげないから。