ひとしきり泣いた後、幸花は用意された服に着替え、部屋を出る。
 すると見張りの男達に、逃げられないように両脇を固められ、ホテル内のレストランの個室へと連れて行かれた。


 そこには男性が二人――年配の男と、その息子と思わしき若い男――が待っていた。
 あの女性は――いない。
 年配の男性の方は、見た事がある気がした。
 だが、息子の方に会うのは多分初めてだ。

 その彼は幸花を見るなり、その表情を変えた。
 まるで苦虫を噛み潰したかのような。
 パッと見、冷たそうな印象だった為、細められた瞳が余計に怖かった。

 ……こんな人が、私の……?

 そう思っていると年配の方が席を立った。
「怜人。彼女は向日本家のお嬢さんだ。意味は分かるな?では、後は二人でゆっくりしなさい」
「おいっ!ちょっと待て!」
 息子の方は怒りを露わに大声で呼び止めるが、それは聞き入れられる事はなく、室内には二人だけが残された。
 部屋に入った時の状態のまま立ち尽くしていた幸花は、仕方なく向いの席に座る。


「……」
「……えっと」
 ぶすっとした表情のまま何も言わない相手に、幸花はどうすべきか考える。

 まさか、「この話はナシに……」などと言い出せる訳がない。
 もし相手の機嫌を損ねれば、龍矢にどのような危害が及ぶか分からない。
 目の前にいるのは、自分の利益の為なら、相手がどうなろうと構わない、という考えの人の息子。
 ここは慎重に相手の出方を伺うべきだ。

 ……取り敢えず、自己紹介とかしておいた方がいいのかな、やっぱり。

 そう思って幸花はおずおずと口を開く。
「あ、の……向日幸花、です……」
「真嶋怜人」
 何だか投げやりなその様子に、幸花は泣きたくなってきた。

 本当にこんな人の所に行かなきゃならないの……?
 龍矢さんとの未来を、手放して……。

 だが。
 次の瞬間、相手の口から出たのは意外な言葉だった。
「……おい。言っとくが俺はこの話、受ける気はねーからな」
「……え?」
「ったく、何がビジネスの話だよ。冗談じゃねぇ」

 では、先程からのあの言動は。
 彼も騙されてここに連れてこられたから?
 それなら。
 まだ希望はある……!

「あのっ!私も無理矢理連れてこられたんです。携帯も取り上げられて誰にも連絡できないし、この話だって、脅されたもので……今頃、龍矢さんも心配してる……」
 それを聞いて、先程まで不機嫌そうにしていた怜人は一瞬驚いたようだったが、すぐにニヤリと口の端を上げる。
「へぇ?面白そうだな。その話、聞かせろよ」
 そう言われて幸花は、今迄の事をかいつまんで説明する。

 向日での自分の立場。
 両親の事。
 龍矢の事。
 そして先程、部屋で言われた事、全て。