電話をすると、少しだけ警戒するような龍矢の声が聞こえてきた。
『もしもし……?』
 幸花はその声に安堵して、思わず泣き出しそうになる。
「龍矢さん……っ」
『え……幸花っ!?今どこだ、向日の奴と一緒にいるのか?』
 切羽詰ったような龍矢の声に、幸花は改めて、彼に物凄く心配を掛けたのだと知った。

「今……」
 無事である事を伝えようと幸花がそう言いかけた矢先、突然怜人が電話を取り上げた。
「え……」
「もしもし?俺は真嶋怜人という者です。今いるのは、向日グランドホテル。場所は分かりますよね?」
『真嶋?向日傘下の……?何でそんな奴が……』
「詳しいお話は直接お会いしてからにしましょう。では」
 それだけ言うと、怜人は一方的に電話を切ってしまった。
 そうして幸花に視線を向けると、口の端を上げてニヤリと笑って言った。
「で、龍矢ってどんな奴?」
 それはそれは、心底楽しそうな声で。


 一方、突然電話を切られた龍矢はというと。
「……何なんだ、今の奴!せめてもう一度幸花に代わればいいものを……!」
 と、思わず怒鳴っていた。

 実際に幸花の声を聞けたのはほんの僅かな時間。
 しかもその内容は、まるで誘拐された人質さながら。
 向日の人間に拉致されたとはいえ、流石に身代金目的の誘拐事件ではないハズだし、そこまで酷い目にあっているとは思えないが。
 それでも何かの策略があって相手が動いている以上、少しでも早く何とかしなければならない。

「クソ……っ!」

 龍矢は焦っていた。
 ただでさえ突然の事で焦りを感じているのに、先程悪い知らせがあった。
 それは学校の方に掛かってきた『幸花を今日限りで退学させる。手続きは後日』という一方的な電話。
 何でも電話の相手は、幸花の保護者を名乗ったそうだ。

 いくら幸花の親族が後見人を解任できるとはいえ、それには必ず家庭裁判所が関与する。
 勿論、龍矢自身には後見人としての任務に適しない事由はない。
 龍矢自身が辞任したいというのであれば話は別だが、後見人として何の問題もないのに、そう簡単には後見人の変更は出来ないはずだ。

 ただ、龍矢自身は法律の事や、後見人変更手続きの事に関してそれほど詳しい訳ではないので、何ともいえない。
 もしかしたら、以前幸花から全ての財産を奪った時みたいに、何か違法な手段を使うかもしれないし。

 そんな中で、やっと幸花の無事を確認できた電話だったのだが。
 それがあっさりと一方的に切られてしまえば、誰だって怒鳴りたくもなる。
「しかも非通知……まぁいい。居所が分かっただけマシか……」

 今は電話の主が言った場所――向日グランドホテルにいるという言葉を信じるしかない。
 ただ闇雲に探すよりは、何か意図があって連絡をしてきたのであろう相手の話に乗るしか。

 ――幸花を、取り戻す為に――。

「幸花、どうか無事で……」
 龍矢は祈るようにそう呟くと、絹川弁護士に連絡を入れ、急いで目的地へと向かった。