怜人はレストランのボーイと見張りをしている男に、もし誰かが自分を訪ねてきたら、それは会社関係の知り合いだから通すようにと告げてから、幸花の話を聞いていた。
こうしておけば、龍矢はすんなりと部屋に入れるだろう。
見張りの男は怜人の両親の部下だ。
この話をぶち壊す存在を、部屋の中に入れる訳がない。
この場に両親がいない事が幸いだ。
まさか、自分の息子が自ら話をぶち壊すような馬鹿な真似をする訳がないと思っているだろうし。
普通に考えれば、向日本家令嬢との婚姻はかなり魅力的な話だ。
地位と権力、それに莫大な財産。
それが自分の物になるのだから。
「ふぅん……月羽矢で数学教師、ねぇ……」
話が終わって、怜人は何かを思案するように呟く。
その様子に幸花は、少しだけ不安になる。
「あの……?」
「ん、ああ悪い。ちょっと今後の事を、ね」
だが怜人はそれ以上は答えない。
「……?あの、私も聞いていいですか……?」
「どうぞ?」
「えっと……その、彼女さんがいるんですよね?どんな方なんですか……?」
「猫」
先程、怜人の話の中に“将来を決めた相手がいる”とあったので、一体どんな人なんだろうと思って幸花は聞いたのだが。
……即答で“猫”って言われる彼女ってどうなんだろう。
だが怜人は、楽しそうに話を続ける。
「行動から名前まで猫そのもの。最初マジで野良猫拾った気分だったし」
しかも野良猫……。
「音々子っつってな?昨年の九月頃、施設飛び出して行き倒れてた所に偶然俺が居合わせて」
「……音々子?」
その名前に、幸花は聞き覚えがあった。
「写真とか、ありますか?」
「あぁ、写メならあるぜ」
それを見せてもらい、幸花は確信する。
「やっぱり音々子ちゃん……」
呟くようにそう言う幸花に、怜人は表情を少しだけ厳しくする。
「え、何。音々子の事、知ってるのか?」
「あ、はい。……私が入れられた施設に、彼女もいたから……その、色々と助けてもらって……」
言いよどむ幸花に、怜人は伺うように聞く。
「……虐待?」
「!」
「知ってるから隠さなくていい。しかし……向日関連の施設だったとはな」
怜人は忌々しそうにそう言って顔を歪める。
「あの、音々子ちゃんは……」
「大丈夫。今は俺がたっぷり可愛がってるから。何なら今度会うか?アイツ、いつも家の中に一人だから、きっと喜ぶだろうし」
そう言われて、幸花は嬉しそうに返事をする。
「はいっ」
たった一週間程度しか一緒にいなかったけど。
会えるのなら会いたい。
そう思って。
そうして怜人は時間を見る。
龍矢もそろそろ着く頃だろう。
別にこのまま待っていてもいいが、それよりは出迎えた方がいいだろうし。
「さて、そろそろロビーの方に行くか。……少し芝居してもらうからな?」
そう言って怜人は幸花を連れてレストランの個室を出る。
「付いてくるなんて野暮な事すんなよ?」
幸花の肩に手を回しながら、見張りの男達にそう釘を差して。