「……」
 亡くなった幸花の母親は、龍矢の母親の妹だ。
 実家に縁を切られた後も、その妹とだけは連絡を取り合っていたらしい。
 事実、八年前の葬儀の時も、母親の親類で顔を現したのは彼女だけだ。
 彼女は夫と子供を連れて、目立たないように来ていて。

 そう。目の前に座るこの少女、幸花と逢ったのも、その時一回きり。
 そうして、実に八年ぶりの再会。
 二度目の出会いは、こんな予期せぬ形で。
 あの時の事を、この少女は憶えているのだろうか?

 ふと窓の外を見ると、いつの間にか雨が降っていた。
 ああ。そういえば。

 あの日も、今日みたいに雨が降っていたっけ――。

 龍矢がぼんやりと窓の外を見ていると、突然幸花が声を上げた。
「お願いです、助けて下さい!」
 驚いて幸花を見る。
 と、彼女は目に涙を浮かべ、縋るような瞳で、必死に俺を見つめていた。
「絹川さん、一体……?」
 何が何だか分からなくて、幸花の隣に座る絹川に助けを求める。
「詳しい事は、今からお話しします」
 そう言って絹川は神妙な面持ちで話し始めた。


 幸花達が事故に遭ったのは旅行の帰りだ。
 山道を走行中、前方不注意のトラックに追突され、脇道から転落。社長夫妻は幸花を庇うようにして、亡くなっていた。
 唯一奇跡的に助かった幸花も、意識不明の重体。
 意識が戻ったのは事故から三日後だった。
 その間に社長夫妻の葬儀は、会社副社長も務めていた、向日夫人の従兄にあたる人物を喪主として、つつがなく執り行われた。
 幸花を引き取ったのもこの人物。
 だが、まだ未成年の彼女に会社運営と、莫大な遺産の管理は無理だと、後見人と言う立場を利用し管理を名目に、何も分からない幸花を騙し名義を変更。
 全ての手続きを済ませ、事実上彼女の全財産を乗っ取ると、用無しになった彼女は、約一ヶ月の入院生活を終え病院を退院後、自らの家に帰る事なく、児童福祉施設へと送られてしまった。
 それが先週までの出来事だ。


 話を一通り聞いて、龍矢は深く溜息を吐かずにはいられなかった。
「そんな事……可能なんですか?」
「ええ。法的に可能な部分も。ですが、違法と思われる箇所は、裏から手を回したんでしょう。表面上の書類は完璧ですよ」
 そう言って絹川は、悔しそうに顔を歪めた。
「貴方は何もしなかったんですか?」
「……私は弁護士とは言っても、個人的に夫妻と親しくさせて頂いていたに過ぎませんし、上から圧力も掛けられました。事実、彼女に会えたのだって、本当に先週で。……貴方に電話を差し上げた二日前ですよ」
「そう…ですか……」

 何だかやり切れない気持ちになる。
 一体幸花が何をしたと言うんだ。
 それ程の仕打ちだ。

「ですが、彼女はまだ全てを失った訳ではありませんよ」
「え?」
「銀行の貸金庫に、彼女名義の通帳と印鑑。それと、夫妻が大切にしていた数点の品が預けられていたんです」
「……よく見つかりませんでしたね」
「貸金庫は私の名義で、鍵も預かっておりましたから」
 という事は、夫妻はこうなる事を予め予感していたのだろうか?
 確かに、向日程大きな会社になれば、社長の命は狙われ易いかもしれない。
 他のライバル会社や、下手をすれば身内にまで。
 幸花の家の場合、社長は婿養子。本家の人間である向日夫人までもが邪魔だと思う輩もいたはずだ。勿論、その娘である幸花も例外ではないだろう。
 実際、幸花が今回身内から受けた仕打ちは酷いものだ。
 会長職に就いている筈の幸花の祖父、つまり龍矢自身の祖父でもあるのだが、彼すらももう、向日という家の枠の外に追いやられているらしい。
 それほど今回の事故がショックだったのだろうか?
 何にせよ、向日の家は本家が分家に乗っ取られたという訳だ。