「……それで?」
話の合間に色々と思考してしまったのを振り払い、龍矢は先を促す。
何故なら、考え込んでしまった龍矢を待っていたのか、それとも話しにくい事なのか、絹川は黙ってしまっていたからだ。
「本来なら、この鍵は彼女が成人する時に渡される筈だったんです。……夫妻があんな事になってしまって、すぐに鍵を渡しに行ったんですが……引き取り先の施設が問題でして……」
「……あそこの人達は最低です」
と、それまで黙っていた幸花が、小さな声でそう呟いた。
「……どうやら、虐待を受けているらしいんです」
「何ですって?」
「あの人達に、ううん、あの人達だけじゃないけど、私にまだ財産があるって分かったら、全部取り上げられちゃう。だからお願いします。助けて下さい」
「……訴えを起こす、というのは?その施設に対して」
「残念ながら、打撲による痣は、事故の時の物に紛れていますしね。それに、彼女の元の身分が身分ですから。我侭お嬢様の過剰な訴え、という風に向日も手を回すでしょうし、難しいですね」
つくづく、彼女には不幸が重なってしまっているな、と思う。
「お話は分かりました。だけど、具体的に俺にどうしろと?」
まあ大体予想はつく。
「貴方に、彼女を引き取って頂きたいんです」
「……俺に、後見人になれと?」
予想通りではあるが、やはり多少の戸惑いはある。
「貴方にしか頼めないんですよ。向日の関係者以外で、一番彼女に近い血縁者である貴方にしか」
確かに、下手な人物に頼めば、彼女を利用しようとするかもしれない。
「……彼女の父親の親戚は?」
「向日グループの傘下の人間です。頼んだってまず無理でしょうね」
龍矢は幸花に視線を移す。
すると幸花は必死な表情で。
もし拒んだら、ショックで死んでしまうのではないだろうか?
そう思わされた。
だが、引き取るという事は。
「……一緒に住まなくちゃいけないんですよね」
施設から連れ出すのが一番の目的なのだから。
それが問題だった。
「中学卒業までのほんの数ヶ月でいいんです!高校は寮のある学校に行けばいいし……だからお願いします!」
必死になって頭を下げる幸花に、龍矢はしまったと思う。
言い方が悪かった。誤解させたな。
「そうじゃなくて。今住んでる所狭くて。引っ越さなきゃ無理だなって」
「え」
「じゃあ……」
二人に向かって龍矢は頷く。
「俺なんかで良ければ」
「あ……ありがとうございます!」
そう言ってはにかむような笑みを見せた幸花は、八年前と何ら変わっていないように思えた。
膳は急げ、という事で、その日の内に引き取る為の手続きを済ませる。
その辺は弁護士である絹川が大活躍だ。
現在幸花の後見人となっている人達に話をつけ――途中相手を脅すような口振りがあったのは気にしないでおこう――その日の内に幸花は俺の家に来た。
「狭くてごめんな。あ、暫くそっちの部屋使ってくれていいから」
龍矢の家は、現在1LDKのアパート。
大学の頃から独り暮らししている部屋だ。
広いのはあまり好きではないし、基本的に物をあまり置かないので、特に不自由する事もなく今まで住んでいた。
だがせめて、最低2LDK位には引っ越さないといけないだろう。
それはまぁ暇な時に情報誌で探しておくとして。
早ければ来週の土日辺りか。
予定に目星をつけて、取り合えず肝心な事を聞く。
「学校はどうする?というより、どうなってるって聞いた方がいいか?」
俺の記憶が正しければ、幸花の通う私立の女子中は、毎月の授業料がかなりの額だったはずだ。
「……辞めさせられてました。施設近くの公立中への転入が決まってたんですけど、まだそこにも行っていなくて……」
成程。
やはり、余計なお金は掛けられない、という事か。
友達にお別れも言えずに、辛かっただろうに。
龍矢は、幸花の気を紛らわせるように、頭をくしゃっと撫でてやる。