「じゃあさ、月羽矢学園においでよ。あそこなら高等部から寮もあるし、理事長もいい人だから。向日の事も隠せるし」
「月羽矢……ですか?」
幸花は、龍矢が突然どうしてそんな事を言い出したのか分からず、キョトンとしている。
「俺、月羽矢の教師だから。高等部の数学担当」
「先生なんですか?」
少し驚いたように幸花は言う。
「そう。まぁさっきの話はもし幸花ちゃんがよければの話だけど」
無理強いはしない。
向日の連中が何かしでかすとも限らないから、少しでも近くに、せめて手の届く範囲内に置いておきたい、というのが本音だが。
その点月羽矢学園は広大な敷地に大勢の人間。
目くらましには丁度いい。
……って気を揉み過ぎか?
「あの、行ってもいいんですか……?」
「ん、いいよ。……月羽矢においで?幸花」
「……はいっ!」
嬉しそうに返事をする幸花に、思わず龍矢も笑みが漏れた。
あ。どうでもいいけど今呼び捨てにしちゃったな。
「んじゃ改めて。なんか他人行儀だし、幸花って呼び捨てでいい?それと敬語なくていいから。幸花も好きなように呼んで?」
「はい。あ…うん。じゃあ私も……龍矢お兄ちゃんって呼んでも…いい?」
龍矢お兄ちゃんか。
確か、八年前もそう呼んでくれていたっけ。
ふと八年前を思い出して、懐かしく思う。
「いいよ。……ああ、そうそう。授業料は心配しなくてもいいからな」
少しでも身に掛かる負担は減らしてやりたい。
趣味と呼べるものも特に無く、あまり金を使わない俺にとって、そのくらいどうって事ないし。
そんな事を考えていると、幸花の慌てた声が聞こえてくる。
「そ、そんな!私、自分で……っ!」
「いいの。俺は幸花の保護者。後見人ってそういう意味だから。月羽矢に来るように誘ったのは俺だし……それに、ほとぼりが冷めるまであのお金は使わない方がいい。幸花の身の安全の為にも」
それに、あのお金は幸花の両親がもしもの時の為に残して置いた物。
こんな事で使っちゃいけない。
「でも……」
だが、なおも頷こうとしない幸花に龍矢は一つ提案をする。
「その代わり。家事は出来る?俺苦手でさ。やってくれると助かる」
「……はいっ、頑張ります!」
満面の笑顔を向ける幸花に、龍矢はいい子だなと思った。
社長令嬢だから、家事は正直期待していなかった。
だけど彼女は、意外にもそれらをこなして。
特に驚いたのは料理だ。ちゃんと食えるもので、しかも美味い。
それに。
幸花の料理はいつも懐かしい味がして、母親を思い出させた。
「なぁ幸花。この料理って、誰に教えて貰った?」
「あ、お母さんだよ。料理好きだったし、よく誰かに教えてたみたい」
俺の母親に、だ。
直感的にそう思う。
あまり料理が得意ではなかった母。
たまに美味しく出来ると、教えて貰った通りに出来たー。と、喜んでいた。
あれは、妹である幸花の母親に教わっていたのだろう。
だから味付けが同じなんだ。
「……幸花の作る飯、俺好きだな」
「本当!?うわぁ嬉しいっ!ありがとう龍矢お兄ちゃんっ」
嬉しそうにはしゃぐ幸花に、龍矢も思わず顔を綻ばせた。