それからというもの、龍矢は幸花の事を前より注意深く見るようになったし、ちょくちょく遊びにも連れて行った。
勿論電車で。
少しでも辛い気持ちが晴れればいいと思ったし、もう一つ理由があった。
「あの、龍矢お兄ちゃん……どうして私にこんなに優しくしてくれるの?」
ある時、幸花がそう聞いてきた。
「……昔話をしようか」
そう言って龍矢は話し始める。
八年前の、あの日の事を。
大学進学を機に一人暮らしする事になり、引越し等を終えたそんな矢先。
実家が火事になったと連絡を受けた。
原因は放火。犯人は捕まっていない。
こんな時でさえも、駆け落ち同然の両親に対し親戚は冷たくて。
誰一人として来なかった。
母親の妹と、その家族を除いては。
その彼女らでさえ、秘密裏に訪れたようだった。
頼れる人は誰もいない。
自分は一人ぼっちになってしまった。
もう誰も、信じられない。
そう思った時だった。
「おにいちゃん、どうしてないてるの?」
女の子が一人、不思議そうな顔で立っていた。
「わたしね、むかひさちか。おにいちゃんもおなまえおしえて?」
母親の旧姓。
ではこの子は俺の従妹か。
龍矢は無視をした。
この子に罪はないが、向日の家は嫌いだ。
母と縁を切るのはまだ分かる。何といっても駆け落ち同然で父と家を飛び出したのだから。
だが問題はその後だ。
裏から手を回し、父も実家から縁を切られた。
そうして、あろう事か父の勤めていた会社にまで圧力を掛けてきて、仕事まで奪ったのだ。
幸い、父は向日の息の掛かっていない会社に再就職出来たからいいようなものの、その話を最初聞かされた時は怒りが込み上げて来たのを覚えている。
まぁその話をした時の父は、珍しく酔っていたのだが。
だから正直、母が妹と仲良くしている、というのにいい気はしなかった。
「おにいちゃぁん、どこぉ〜?」
幼い声が自分を探すのを聞きながら、龍矢は葬儀場の片隅で空を見ていた。
実家は燃えてしまった。
土地は売る事にする。相続やら何やらの諸々の手続きは、誰か弁護士でも雇って処理してもらおう。
何たって、これからは一人で生きて行かなきゃならないんだから。
この後は火葬場に行く予定だ。
火事で亡くなったのに、もう一度焼かれるなんて、余りにも残酷だと思う。
「……クソッ!」
思わず近くの壁を叩いていた。
「きゃっ!」
小さく声がした方を見ると、先程幸花と名乗った少女だった。
「……おにいちゃん、みっけ」
屈託無く無邪気に笑い掛けられ、胸の中がもやっとする。
何だコイツ。人の気も知らないで。
そう思って睨み付ける。
「おにいちゃんのかわりにおそらがないているの?」
「……はぁ?」
突拍子もない問いに龍矢が再び空を見ると、曇り空がいつの間にか、雨に変わっていた。
「……かもな」
馬鹿馬鹿しく思って適当に答えると、側にあったベンチに腰を下ろす。
すると、何を思ったか幸花はベンチの上に立ち、龍矢の頭を撫で始めた。
「よしよし、よしよし……」
「何の真似だよ」
ガキのやる事はワケ分かんねぇ。
「あのね、ないてるときはよしよしなの。それでいっぱいいっぱいないて、なみださんとサヨナラするの」
「……!」
それは、よく母が言っていた言葉だった。