≪じわじわと≫


 女を堕とす為には長期戦を覚悟しなくちゃならない。
 陽平は一人堕とすのに対し、その期間を三ヶ月までと定めていた。
 ただ今回は、ターゲットの事をよく知らない為、半年に目標設定する。
 相手によって作戦を変えるのだが、今回は。


 作戦その一。
 まずは相手の事を探りつつ、隙あらばさり気なく近付く事。

「細さん。大学にはもう慣れましたか?」
「っあ……ハイ……」
 サークルで一人でいる所を見計らって陽平は真雪に近付く。
 人見知りする彼女に対し、いきなり名前で呼ぶと、それだけで人一倍警戒される恐れがある。
 だから陽平はまず真雪を苗字で呼ぶ事にする。名前で呼ぶのは、彼女が自分に慣れてからでいい。
「そう、それは良かった。サークルの方も徐々に慣れていってくださいね?」
 それだけを言って陽平は傍を離れる。
 しつこく傍にいては逆効果。
 話す内容も、自分の事は話さない。まずは親切な先輩を演じればいい。
 動き出すのは、自然に話せるようになってから。


 作戦そのニ。
 他の奴をダシにして、親切にする。

 サークルに新入生が入って少しすると、新入生歓迎コンパがある。
 一年生は強制参加。真雪も必ず来なければならないので、そこが狙い目。
 大抵飲み会になると、酒飲みは飲んでない奴に飲ませたがる。
 先輩に飲めと言われれば、飲まない訳にはいかないだろう。
 それに、そうなると大人しい彼女は、例え絡まれても黙っている事しか出来ない性格というのが、彼女を観察していて得た収穫だ。
 いつもは友達に助けて貰っているようだが、飲み会となればそうもいかないだろうし。

 飲み会で頃合を見計らって、傍に行く。
「大丈夫?細さん」
「……っ先輩……」
「随分飲まされてたみたいだけど……平気?」
「……平気、です」
 話しながら隣の席を確保する。
 すると真雪は、ほんの少しだけ体を横にずらして遠ざかる。

 ふむ。まだ俺には慣れていないらしい。

 そんな事はおくびにも出さず、陽平はニッコリと微笑みかける。
「顔も少し赤いし、慣れない内はあまり飲まない方がいいよ。それは俺が引き受けるから、ソフトドリンク頼みなよ」
「ありがとうございます……」
 そうして他の奴が酒を勧めようとするのもやんわりと撃退する。
 これで随分高感度は上がったハズだ。


 作戦その三。
 警戒心を解かせる為に、周りから攻める。

 コンパが終わって、多少酔った彼女を送り届ける事にする。
 帰る駅を聞き出して、同じ方面だと偽る。
「細さんもそっちなんだ。偶然だね。じゃあ……同じ駅の子、送るよー」
「よーへー。俺も送ってってぇー」
「女の子だけですよ、先輩。一人で帰しちゃ危ないでしょう?」
「うっわー、紳士的ぃ!てか男女差別ぅ!」
「はいはい。先輩はお一人でも帰れますよね?」
 サークルの酔った先輩を軽くあしらい、陽平は女の子を送る。
「センパーイ。駅一つ違うのに、いいんですかー?」
 敢えて同じ駅だとは言わずに、それでも同じ駅で降りる。
 予想通り真雪の友達も一緒で。
「いいんだ。歩けば多少酔いも覚めるし、何よりこんな遅い時間に女の子だけで帰す訳にはいかないしね」
「やーん、センパイってばやっさしー!彼女とかいるんですかぁ?」
「今はいないよ」
「じゃあじゃあ、私、立候補しまーす!」
「こらこら。酔った勢いで簡単にそういう事言わないの」
 真雪には気付かれないように様子を探りながら、彼女の友達と会話を弾ませる。
 あくまでも後輩を気遣う優しい先輩。
 そういう人物だと認識させるのが何より大事だ。
 特に彼女のような、人見知りをする性格の子には。
 害はないと安心させればこっちのものなんだから。

「じゃあ先輩。お休みなさーい」
「お休みなさい……」
「うん、お休み」
 今夜は真雪は友達の家にそのまま泊まるらしいので、そこで別れる。

 もしそうでなければ、陽平は真雪を送ってから、彼女の友達を送ろうと思っていた。
 その方が色々と友達から真雪の事を聞き出せるし、彼女と二人きりなんて警戒される。
 彼女の友達だって、普段から人見知りする真雪を心配しているみたいだから、すんなり賛同は得られるだろう、という事で。


 そう。じわじわと周りから近付いて、相手が安心しきった所で手に入れる。
 これが今回の作戦。