≪苛々の理由≫


「あぁもう。家にいたくない」
 めでたく母親が再婚し、四人家族として暮らし始めるようになって数日。
 その言葉は一葉の口癖のようになっていた。
「何で?新しいお父さん、嫌?」
「あーすっごいオッサンなんだ」
 友達が口々に言う中で、一葉は憮然とした表情で言う。

「……最悪なのはお兄ちゃんになった人!」

 洋一は一日中家にいて、働きにも出ていない。
 ずっと部屋に篭っていて、たまに外に出たかと思えば、競馬かパチンコかスロット。
 いつもヨレヨレの服を着て、しかもシャツの裾がズボンからだらしなくはみ出ていたりして。
 家の中で所構わずタバコは吸うし、上半身裸のパンツ姿で平気で家の中を歩き回る最低な男。

 思い出すだけで苛々してくる。

「私はだらしない人って大嫌いなの。タバコだって、自分の部屋で吸うなら何も言わないわよ。でもね、所構わず吸うのよ?他人の健康考えろって思う訳よ。それにね、何より私は年頃の女の子なの!裸の男に家の中うろつかれるなんて、堪ったもんじゃないわよ!」

 一葉の言い分に、それを聞いていた友達は若干引き気味に言う。
「まぁまぁ」
「落ち着こうよ、ね?」
 下手な事を言えば、とばっちりを受けかねない。
「でも私、間違った事は言ってないよねぇ?」
「うんうん。一葉は正しい!」
「だよね!?なのにウチのママはあの人の肩持つのよ!?“折角お兄ちゃんが出来たんだから、仲良くしなきゃダメよ?”なんて言って!」
 そう憤慨する一葉を、周りの友達は苦笑を浮かべて見ている事しか出来なかった。


「……ただいま」
 一葉が学校から帰ると、両親は当然仕事なので、家には洋一しかいない。
 その洋一が我が物顔で家の中をうろついているから、もうそれだけで一葉の苛々は募っていく。
「一葉ちゃんお帰り〜」
「……タバコ、家の中で吸わないで下さいって、何度言ったら分かるんですか!」
「……あぁ。ごめんごめん」
 その言い方には全く反省の色なし。
「……っそれと!そのだらしない服装、何とかならないんですか!?」
 キチンと着ればかなり格好良く見える服装も、洋一が着ると何故かダサくなる。
「肌着はキチンとズボンの中に入れる!そのカジュアルシャツは全部ズボンの外に出すか、中に入れるか、どっちかにして下さい!」
「ははっ、一葉ちゃんは厳しいなぁ〜」
 その言葉に、一葉はキッと洋一を睨み付ける。
「大体……お仕事しないで一日中家にいるってどういう事ですか!?いい大人なんだから、文句言われたくなかったら自分で働いて一人暮らしして下さい!」
 ビシッと指を突き付けてハッキリ言う。
「ん〜。でも俺ちゃんと稼いでるし」
「デイトレードはお仕事とは言えません!」

 だがこれは、ここ数日毎日のように繰り返された問答で。
 洋一が生活態度を改める事は一向にないから、一葉の一人相撲だ。
 のらりくらりと文句を躱される、というのにもかなり苛々する。


 だけど。
 一番の苛々の理由はやっぱり、きちんとすれば100%一葉の好みのタイプになると、彼女が知ってしまっているからなのだろうが。