室内に静けさが続く中。
「……ねぇ、つづり」
「何でしょうか?」
再び口を開いた文は、とんでもない事を言い出した。
「今度から、つづりも一緒に食べよう?」
「……え……?」
思いも寄らない文の言葉に、つづりはその意味を理解しかねる。
つづりは祭雅の屋敷に勤める使用人で。
文はその主の息子だ。
それなのに一緒に食事をするなど、おこがましい事のハズ。
だからつづりは念の為、文に尋ねる。
「あの……つまり、私もここで一緒に食べるって事……ですか?」
「うん、そう」
けれど文の答えは、言葉の意味そのままだという事を肯定するもので。
つづりはブンブンと首を横に振る。
「だ、ダメですっ。わ、私なんかが文様と一緒に食事をするなんて、身分違いも甚だしいです」
例えそれが、文の言い出した事だとしても。
お言葉に甘えて、なんて許されない。
しかし、文は引き下がろうとはしなかった。
「ダメ……?」
そんな風に言って、哀しそうに小首を傾げて。
その仕草に、つづりの心は揺れそうになるが、何とか踏み止まる。
「文様、申し訳ありませんが……」
つづりがそう言うと、文は続きを遮るように口を開く。
「つづりは、一人で食事するのと、誰かと一緒に食事するの、どっちが楽しい?」
その質問に、つづりは戸惑う。
どうしてそんな分かりきった質問をするのか、その意図がすぐには分からなくて。
「それは、やはり誰かと一緒の方が……あっ」
だが、答えていて気付いた。
文には、いないのだ。
一緒に食事をする相手が。
「両親は海外だし、兄さんも、弟の明も滅多に家に帰らない。でも、一人で食事するのは味気ないんだ……」
いつも一人で食事していて。
慣れているから寂しくない、なんて同意義にはならない。
一人に慣れていたって、寂しいものは寂しいのだ。
それには年齢なんて関係ない。
「ねぇ、つづり。それでも、ダメ……?」
再度、文はそう聞いてくる。
その事につづりは押し黙ってしまった。
そんな風に言われてしまえば、簡単にダメだとは言えない。
つづりだって、同じ立場になれば絶対に誰かと食べたいと思う。
誰かと一緒に食事をする楽しさを知っているから。
給仕の為に傍にいるのと、一緒に食べるのはやっぱり違うだろうし。
どうしたらいいのかと、つづりの頭の中で色々な考えが巡る。
文様が小さい子供ならともかく、寂しがってるから傍にいてあげて下さい、なんてご家族に意見できる訳がないし……。
それに家に誰もいないのは、それぞれに仕事や予定を抱えているから、帰れないという状況なだけで。
それは文様も理解してるから、こうして一人で黙々と食事をしている訳で。
話し相手がいないのであれば、そうなるのは当たり前だ。
それは寂しいから、だから一緒に食事をしようと誘っているのだ。
でも、使用人の立場としてはそれは許される事ではない。
対等の立場であるご家族は誰もいなくて。
そんな事を言えば、文様はやっぱり一人で食事をするしかなくて……。
考えれば考える程、堂々巡りになっていく思考に、つづりは頭を抱えたくなる。
そうして、ふと思った。
「あの……紅さんは、どうされていたんでしょうか……?」
普段、文のお世話係を担当しているのは紅だ。
だから彼女がどうしているのかを参考にすればいいのだと気付く。
だが。
「……紅には、言った事、ない……」
返ってきたのはそんな答えで。
「紅は確かに、普段、僕の身の回りの事を一任してるけど……メイド長なだけだから」
「あ……」
厳密に言うのであれば、紅は文の世話係ではない。
本来ならば、身の周りの世話など、誰がやっても同じ仕事だ。
ただ、他の者が文の性格上合わないだけで。
現に、祭雅家の他の面々が屋敷に帰ってきた時は、手の空いている者が身の回りの事を交代でやっているのだから。
そうして。
誰とも合わない文の身の回りの事を誰がやるか、となった時。
メイド長という責任ある立場の紅がやらざるを得なくなり、今に至るのだ。
本来なら、メイド長である紅はとても忙しい立場だ。
つづりなんかと違って、抱える仕事量は相当なものだろう。
それなのに自分のせいで仕事を増やしていると、文も分かっている。
だからこれ以上の我儘とも言える言動をしないのだ。
「文様……」
文様はとても繊細で、心優しい方だ。
こんな人を。
どうして一人に出来るだろう?
「分かり、ました……」
とうとう折れたつづりがそう言うと、文は嬉しそうに微笑んだ。