掃除をしながら、つづりはこっそりと溜息を吐く。

 ついつい頷いちゃったけど。
 やっぱりこれって、いけない事、だよね……。
 けど文様、すっごく嬉しそうだったんだよね。
 それになんか、放って置けなかったし。

 そんな事をぐるぐる頭の中で考えながら、気が付けばもうすぐ昼食の時間で。
 つづりは躊躇いつつも、文に言う。
「で、では、昼食を取りに行ってまいります」
「うん」
 そう返事した文は、二人で食べる事をとても楽しみにしているようで。
 やっぱり一緒に食べれません、なんて言える状況じゃない。
 その事につづりは覚悟を決めた。


 取り敢えず、先に自分の分を取りに行って。
 でないと、文の食事が温かい物だった場合、少しでも冷めない内に、と考えての事だ。
 そうして食事用のワゴンの下の方に自分のを置く。
 取りに行く時も、ワゴンに置く時も、誰にも気付かれないように隠しながら、そっと。
 そうして、どうか誰にもバレませんように、と願いながら部屋に戻る。
 途中、誰かとすれ違う度に、つづりはドキドキし通しだった。
 見咎められたら終わりな気がして。
 だから、文の部屋に無事に辿り付いた頃には、何だか疲労困ぱいだった。
「ううっ……心臓に悪い……」
 それでもつづりは、呼吸を整えてから文の部屋のドアをノックして中に入った。


 いつも文が食事をするテーブルは少々手狭だったが、何とかお皿を置く事ができた。
 椅子は近くの客室用のを借りてきて。
 二人きりの昼食タイムの始まりだ。

 食事を始めてすぐ、文はジッとつづりの分の食事を見ていて。
「あの、どうかされましたか……?」
「ん……つづりのと僕の、内容が随分違うなって思って……」
 それはそうだろう。
 使用人達の食事と主の食事が一緒な訳がない。
 けれど、文はそんな事、思ってもみなかったらしい。
「あの、私達使用人は人数がいるので、一度に大量に作れる料理が多いんです」
 だから唯一、スープ系は文と一緒だ。
「そう……」
 文はそれっきり黙り込むと、何かを考えているようで。
 やがて意を決したように、口を開く。
「ねぇ、つづり。これ、交換して、くれる……?」
 その思ってもみなかった言葉に、つづりは唖然としてしまう。

 ……交換?
 文様と私の食事を、って事、だよね。
 どう見たって、文様の食事の方が美味しそうなのに。
 それをわざわざ?

 文の言い出した事が、つづりにはどうしたって理解できない。
 すると文は、何も言わないつづりに勘違いしたのか、シュンとしたように言う。
「ダメ……?」
 これではまるで、つづりの方が良い物を食べているみたいだ。
「い、いえ!ダメなんて事……ただ、文様のお口に合うかどうか……」
 つづりはそう言うが、文は気にしていないらしい。
「いいよ。そっちを、食べてみたいんだ」
 微笑んでそう言う文に、つづりは迷う。

 文様が言うんだから、いいのかなぁ。
 でも、口に合う保証はないし。
 そうなったら、厨房の人達に迷惑とか掛からないかな。
 文様、突然突拍子も無い事言い出すし。
 それになにより。
 文様の豪勢な料理を、私なんかが食べちゃっていいの……?

 そう考えている間にも、文は催促してきて。
「つづり。交換、して?」
「〜〜っ」
 考えた末に、つづりは一つ提案をした。
「あのっ!では、試しに少量だけ交換、というのはどうでしょうか……?」
「少しだけ?」
「はい。あの、お弁当のおかず交換、みたいな感じで……」
 つづりのその提案に、文は納得したらしい。
「うん、分かった」
 その事につづりはホッとして、予備の空いているお皿に、自分の分を少量ずつ取り分ける。
「では、文様どうぞ」
「ありがとう」
 嬉しそうにそう言って、文は早速そちらを食べる。
「……あの、お味はどうですか?」
 何となく気になってしまって、つづりは感想を聞く。
 すると文は微笑んだ。
「こっちも、美味しい」
 そう言って食べる文につづりはホッとするが。

 考えてみればそれは当然なのだ。
 料理の内容が違えど、作っているのは祭雅家お抱えのコックやシェフ達で。
 プロ意識の強い彼らが、手抜き料理を作るハズがないのだから。

 けれど、文から分けてもらった料理は、やはり段違いの美味しさだった。

 それからは、他愛のない話や、本の話をして食事をして。
 つづりは、給仕をしながら受け答えするのと、一緒に食事をしながらの会話では、やはり場の雰囲気が違う事を実感した。