次の日の朝。
 つづりは身支度を整えて朝食を終えると、文の分の朝食を持って、言われた時間通りに、文の部屋のドアをノックする。
 しかし、ドアの向こうからは何の反応もない。
 時間を間違えたかと時計を確認するが、どう見ても7時で。
「おかしいなぁ……」
 紅から渡された紙には、“指定された起床時間にはもう起きてるから、すぐに朝食を取れるように用意をして部屋を訪れる事”と書いてあったのに。
 それとも返事がないのは、洗面所で顔でも洗っているからなのだろうか?
 それなら返事がないのも頷ける。
「勝手に入ってもいいのかなぁ……でも、時間になったら私が来る事は分かってるハズだし……」
 このままノックを続けようか、もう中に入ってしまおうか迷って、つづりは中に入る事にした。

 部屋の中は冷房が効いているハズだし、いつ体調を崩してもおかしくない環境なのだ。
 もし風邪でもひいていたら、返事をしたくてもできないかもしれないし。
 どんな状況か分からないんだから、一応確かめて。
 何もなければそれでいいし、怒られたら謝ればいい。
 昨日一日で感じた通りなら、勝手に部屋に入った理由を説明すれば、許してくれそうな気もするし。

 そう自分に言い聞かせて、だがつづりはそっとドアを開けた。
「失礼しまーす……」
 顔だけ覗かせるように、きょろきょろと室内を見回す。
 だが、文の姿は見当たらなくて。
 取り敢えず、物音を立てないように、忍び込むように中に入って。
 ドアをゆっくりと閉めていると、後ろの方で微かに声が聞こえた。
「ん……んぅ……」
「っ!?」
 ビクッと肩を揺らして、つづりは声の聞こえた方を見る。
 するとそこには、ベッドの中でまだ眠りに就いている文の姿があった。
「まだ起きてなかったんですね……」
 その事にホッと息を吐き、だがすぐに文の寝顔に魅入ってしまった。

 文様の寝顔、凄く綺麗で可愛い……。

 暫くそのまま眺めていたが、ハッと我に返ると、どうしようかと考える。
「やっぱり、起こした方がいいのかな……」
 もし何か予定があったら、自分だったら起こして欲しいと思う。
 そう思って、つづりはドキドキしながら、文にそっと声を掛ける。
「あの、文様……朝ですよー……」
 だが、文は身動ぎするだけで、起きる気配はない。
「文様、起きて下さい。もう7時過ぎてますよ」
 今度は少し声を大きくするが、やはり起きなくて。
「ど、どうしよう……やっぱり体揺すった方がいいのかな……」
 その事に少し悩んで、つづりは文の体を揺すりながら声を掛けてみる事にした。
「ふ、文様……起きて下さい……」
 我ながら大胆な事をしている、という自覚のあるつづりは、自然と声も小さくなって。
 しかし、体を揺すったのが良かったのだろうか。
 文はようやく目を覚ました。
「ん……つづり……?」
 まだ眠そうに目を擦りながら起き上がろうとする文に、つづりは慌ててベッドから一歩離れる。
「お、おはようございます、文様っ」
 深々と頭を下げながらつづりがそう言うと、文は柔らかな微笑みを浮かべた。
「ああ……おはよう、つづり」
「で、では只今、お目覚めの紅茶を淹れますっ」
 そう言ってつづりは、ギクシャクした動作で朝食の乗っているワゴンへと向かう。

 ……どうしよう。
 文様の寝顔も可愛かったけど。
 寝起きは何だか可愛い上に凄く色っぽい気がするっ!

 その事にドキドキしながら、つづりは紅茶を淹れると、文の元へと運ぶ。
「ふ、文様、どうぞ……」
 紅茶を差し出すと、文は優雅な仕草でそれを飲む。
 その動作すらも、今のつづりには色っぽく見えて、ずっと俯いてしまう。
「ありがとう、美味しかったよ」
「は、はい……あの、では私は朝食の準備を致しますので……」
 つづりがそう言うと文は、分かった、と言って洗面所へと行く。
 これから身支度をするのだろう。
 その間につづりは深呼吸して心を落ち着かせながら、朝食をテーブルへと並べていく。

 暫くして姿を現した文には、もう色っぽさはなくて。
 きっと寝起き特有のものなのだろう。
 その事につづりは内心ホッとした。


 食事を始めて暫くすると、文が唐突に口を開いた。
「さっきはごめんね……」
「え……な、何の事ですか……?」
 突然謝られても、それが何に対するものなのか分からないつづりは逆に戸惑ってしまう。
「いつもは、ちゃんと起きてるんだけど……何でかな。凄くよく寝ちゃって」
「そ、そんな、文様が謝る事じゃないですっ」
 まさか、怒られこそすれ、謝られるとは思ってもなかったつづりは、勢い良く首を横に振った。
「じゃあ……これからも起こしてくれる?」
「は、はい……」
 果たしてこれからも同じような状況があるのか、甚だ疑問ではあるが、つづりは返事をするしかない。
「そういえば……つづりはまたこの後に朝食?」
「あ、いえ。朝食だけは先に頂く事になっているので、文様の朝食がお済みになりましたら、片付けをしてすぐに掃除に取り掛かります」
「そっか……」
 それきり文はまた、黙々と食事を続けた。