昼食を終えて午後の仕事が一段落すると、またしても文はつづりに本を読むよう勧めてきた。
 けれど、他の人が働いている時に自分だけ休んでいる、というのは何だか悪い気がして。
「あの……他の者達が仕事中なのに、私だけ、という訳には……」
 口篭りながらもつづりはそう言う。
 けれど。
「……本を読んだ感想っていうのはね」
「?はい」
「その人の考え方とか、感性とか……その人となりを知るのには、一番だって思うんだ」
「はぁ……」
「僕はつづりの事、もっと知りたいんだけど……それじゃダメ、かな……」
 そう言ってシュンとする文に、つづりはどうしたって逆らえない。
「だ、ダメなんかじゃないです!」
 思わずそう言ってしまってから、つづりはハッと気付く。

 うぅ……。
 私、文様のこういう所に弱いかも……。
 放って置けないっていうか。
 何か逆らえない……。

 けれど口にしてしまった以上は取り消せない。
 その事につづりが困ったように眉を寄せていると、文が優しく言った。
「……つづりはお昼、僕と食べたから、休憩を取ってないよね?」
「え?あ、そういえば……」
 言われてみれば、お昼に取るハズの休憩を、つづりは取っていない。
「だから、つづりはお昼の代わりに今から休憩。……それなら、いい?」
 どうやら文は、負い目を感じているつづりに気付いて、心の拠り所を用意してくれたらしい。
 その事に気付いて、つづりは微笑む。
「あの、では……お言葉に甘えさせて頂きます」
 すると文は、嬉しそうに柔らかな笑顔を浮かべた。


 結局、夕食の時間になるまで、つづりは本に夢中になってしまって。
 少しだけ自己嫌悪していた。
「はぁ……一度は断ったのに、結局夢中で読んじゃうのってどうなの……」
 しかも、気付いたらやっぱり文様はニコニコしながら自分を見てるし。
「……はぁ」
 思い返して、つづりはもう一度溜息を吐いた。

 そうして気を取り直して、つづりは昼と同様に食事の用意をする。
「あら、本橋さん?」
「は、はいっ!?」
 だがその途中で呼び止められて、つづりは思わずビクッと肩を揺らし、声も裏返ってしまう。
「な、なんでしょうか……?」
「いえ、特に用はないけど……さっき食堂に入って行ったと思ったから」
「っ!」
 それは間違いなく、自分の分の食事を取りに行った時の事だろう。
 だがすぐに、文の分の食事に気付いたのだろう。
「ごめんなさいね、呼び止めて。それ、文様の分なんでしょ?早く持って行った方がいいわよ」
 そう言って去って行ってしまったので、つづりは心底ホッとした。
「よ、よかったぁ〜……」
 これは凄く心臓に悪過ぎる。
 そう思ってつづりは、誰にも捉まらないように部屋へと急いだのだった。

 けれどそれは、ただ運が良かったに過ぎなかった事を、つづりは後で痛感した。


 それは次の日の朝の事だった。
 前日と同じように朝食の準備をして文の部屋に向かっていると、鋭い声に呼び止められた。
「ちょっと、本橋さん!」
「っはい!」
 思わず立ち止まると、呼び止めた相手は、ワゴンの下に隠すように置いていたつづり用の朝食を見つけてしまう。
「やっぱり」
「これ、使用人用の朝食よね。どうして文様用の朝食と同じワゴンに乗せてるのかしら?」
「貴女、これをどうするつもり?」
 そう言ってきたのは、つづりが文の担当を頼まれる直前まで、一緒の仕事を担当していた人達で。
 3人程の先輩達に囲まれて、いつも怒鳴られていた、という事もあって、つづりは完全に縮こまってしまう。
「確か、昨日もコソコソとしてなかった?」
「それは、その……」
 つづりは完全に俯いてしまって、顔を上げる事ができない。
 元々、立場をわきまえない行為だと自覚しているから、より一層拍車は掛かって。
 言葉すらもまともに出なくなってしまう。
「もしかして、文様と食べてる……なんて言わないでしょうね?」
「自分の立場、分かってるの?図々しい……」
「紅さんが知ったらどう思うかしら。自分のいない間に、こんな事してる子がいるなんて」
「……っ」
「何とか言ったらどうなのよ」
「そうそう。反省してるの?」
 口々にそう責められて、つづりは泣きそうになってしまう。
「取り敢えず、これは没収ね」
 その内の一人がそう言って、ワゴンからつづり用の朝食を取り出した。
「っあ……」
 その事につづりが思わず声を上げると、ギロリと睨まれた。
「何?」
「っ……いえ……」
「当然の罰よね」
「これに懲りたら、二度と同じ真似をしない事ね」
「……はい」
 そうしてそのまま3人は、つづりの分の朝食を持って行ってしまった。

 後に残されたつづりは、瞳に溜まった涙を拭うと、溜息を吐いた。
「……仕方ない、よね」
 そう呟いて、気分を切り替える為に、両手で頬を軽く叩く。
「遅くなると、文様が心配しちゃうよね」
 そうして、文にはどう言おうかと考えながら、部屋に向かった。