つづりは文の部屋の前に着くと、自分の分の朝食が無い事の言い訳を頭の中で反芻してからドアをノックする。
 けれど、やっぱり中からは何の反応も無くて。
 そっとドアを開けると、昨日と同様、文はまだ寝ているようだった。
「いつも起きてる、って聞いてたんだけどなぁ……」
 聞いた話と違う事に首を傾げながら、つづりは寝ている文に声を掛ける。
「あの、文様。起きて下さい、朝ですよー」
 けれど、声を掛けるだけではやはり起きる様子は無くて。

 ……文様って本当は、朝弱いんじゃ……?

 そんな事を思いながら、つづりは体を揺すりながら声を掛ける。
「もう時間ですよー……文様、起きて下さい……」
 昨日もそうしたとはいえ、やはり文の体に触れるのは緊張する。
 それが例え、布団越しだったとしても、だ。
「ん……」
 だから、文が僅かに身動ぎして、目を覚ましそうなった所ですぐに離れる。
「……つづり?おはよう……」
「お、おはようございます、文様」
 目を擦りながら起き上がり、あくびをした文は、両腕を上に上げて伸びをする。
 見るのはこれで二度目だが、寝起きの文は気だるげな様子が何故だかとても色っぽくて。
 つづりは何度見ても慣れないと思った。
「文様、お目覚め用の紅茶です……」
「ん……ありがとう。……つづりの淹れてくれる紅茶は美味しいね」
「あ、ありがとうございます……」
 只でさえ寝起きで色っぽいのに、艶やかな笑みを浮かべてそう言われて。
 つづりは真っ赤になってしまう。

 は、反則です、その表情……。
 心臓、凄いバクバクいってる。
 うぅ、静まれ心臓〜。

 それは、心臓の音が文に聞こえるんじゃないかと錯覚する程で。
 つづりはそれを悟られないように、慌てて朝食の支度に取り掛かった。


 暫くして、身支度を整えて洗面所から出てきた文は、そのままジッと朝食の乗っているテーブルを凝視して。
「……つづりの分は?」
 案の定、そう聞いてきた。
「あの、それは……もう食べてきてしまったんです」
「……食べてきた?」
「は、はい。朝は色々と他にも仕事がありますので、その……先に食べないと体が持たないというか……」
 視線をあちこちに彷徨わせながら、つづりはそう答える。
 予め答えを用意していても、嘘を吐いているという罪悪感から、文の顔をまともに見る事はできない。
 すると文は残念そうに言う。
「そっか……それなら、仕方ないね」
 その言葉に、つづりはホッとする。
 どうやら嘘だとバレずに済んだらしい。

 本当の事を知ったら、文様は気に病むだろうし。
 立場をわきまえず、断りきれなかったのは私なんだから、先輩達は悪くない。
 文様なら先輩達の行動を咎める事まではしないだろうけど……万が一って事もあるし。
 だから、これでいい。
 一食抜くぐらい、どうって事ないし。
 けれど問題はお昼からだ。
 流石にお昼まで抜くのは、正直キツい。
 だから。

 そう考えてつづりは、意を決して朝食中の文に対し、口を開く。
「あの、文様……っ」
「何?どうかしたの?」
 手を止めて首を傾げる文に、つづりは言い難そうに口篭りながら、それでも言う。
「その……お食事、なんですが……やっぱり、一緒に食べるのは……」
「……迷惑?」
 シュンとした表情でそう返され、つづりは言葉に詰まってしまう。
「っ……め、迷惑とかでは、なく……その」

 一緒に食事をするのは、緊張したけど楽しかった。
 だから余計に、言い難い。
 ――否、言いたくない。

 けれど、ここできちんと言わなければ、同じ事が続くだろう。
「た、立場が違い過ぎますっ。それは、食事内容の差から見ても明らかだったと思います……っ」
 一気にそう言い切って、けれど文の顔は一度も見れなかった。

 顔を見たら。
 目を合わせたら。
 言葉が止まってしまう気がして。

「そう……分かった」
「っ……」
 文は静かにそう言って、黙々と朝食を続ける。
 その表情は無表情で。
 何の感情も読み取れない。

 文様は、今のをどう思ったんだろう……。
 怒ってる?
 それとも、悲しんでる?
 寂しがっていたらどうしよう。
 ……傷付けてしまったかもしれない。

 けれど今更どんなに悔やんでも、これしか道は無かったのだ。
 そう自分に言い聞かせて、痛む心をやり過ごす事にした。