ワゴンを運びながら、つづりは考え込む。

 文様は一体、どういうつもりでこれを頼んだんだろう。
 本当に誰かが訪ねて来るのであれば、それでいいけれど。
 厨房の話では、暫くの間、毎食、という事だった。
 そんなに急に来て、長期滞在するなんて常識外れの人がいるとは考え難い。
 つまりこれは。
 一番高い可能性としては、私の分。
 でも、一緒に食べるのを断ったばかりなのに。

「文様が何考えてるか、全然分かんないよ……」
 そう呟いて、つづりは溜息を吐く。
 そうしている内に、文の部屋に着いて。
 考えていても仕方ないので、つづりは本人に確かめる事にした。
「文様、昼食をお持ち致しました」
「うん。……ちゃんと二人分、貰ってきた?」
「はい。……あの、文様の分と、これは誰の分でしょうか?」
「勿論、つづりの分だよ」
 微笑んでそう言われ、やっぱりそうなんだ、とつづりは思う。
 けれど。
「あの、文様……私、文様と一緒に、というのは……」
 もう一度断らなければと思い、つづりは口篭りながらそう言う。
 けれどそれを遮るように、文は口を開く。
「……やっぱり、迷惑……?」
「あの、いえ、ですからそういう事では……」

 迷惑なんかじゃない。
 むしろ嬉しい。
 一緒に食べたい。
 けれど、身分の差がある。
 一緒に食べるなんて、おこがましい。

 そんな相反する想いにつづりは俯き、知らず知らずの内に、泣き出しそうな程顔を歪めていた。
 文は、そんなつづりの手を、そっと包み込むように取る。
「ねぇ、つづり。迷惑じゃないのなら、僕の我儘を聞いて欲しいんだ」
「え……?」
「これは全部、僕が勝手にやっている事。だから、つづりに非は無い」
「文様……」
「つづりが自分の分をここで食べると、怒られるんだよね?……でも、僕が厨房に頼んだ分をどうしようが、僕の勝手だ」
「!?」
 文が気付いていたという事実に、つづりは目を瞠る。
「文様、どうして……」
「……それは、僕がつづりの嘘に気付いてた事を指してるの?」
「は、い……」
 すると文は、楽しそうにフフッと笑う。
「全部顔に出てたよ?……つづりは隠し事ができないタイプだね」
「えぇ……っ!?」
 文に言われて、つづりは思わず両手を頬に当てる。

 全部、顔に出てた?
 私、そんなに分かり易い顔してたの?
 それじゃあ、思い悩んだのとか全然意味無かったって事?
 は、恥ずかしい……。

 できればこの場から今すぐ消えたい、とかつづりが思っていると、文がクスクスと笑いながら声を掛けてきた。
「百面相もいいけど、お昼にしない?」
「ぅあ……はぃ……」
 恥ずかしさのあまり、つづりは消え入りそうな声で返事をして。
 それでも昼食の時間は、楽しく過ごした。

 文は話題に事欠かなくて。
 雑学の知識がとても多い。
 一部の専門的な事も詳しくて。
 つづりは驚かされるばかりだった。

 そうして片付けをして、食器を厨房に戻しに行く途中で、やっぱりつづりは疑問に思う。
「文様って……本当に何のお仕事してるんだろう……?」
 雑学の知識や、専門的な知識。
 けれど家から出る事は無くて。
 日々、パソコンで何かをしているだけ。
「お仕事してない……って事はないよね。してなかったらただの引き篭もりだし」
 何の仕事をしているか分からない。
 それがメイド達の間に広がっている疑問で。
 だが、ただの引き篭もり、という線は無いらしい。
「紅さんが否定したらしいし、ご長男の彩様が文様に、お仕事の調子はどうか、って聞いているのを聞いた人がいるみたいだし……」
 けれどつづりには全く分からなくて。
 首を傾げるしかなかった。


 厨房に着くと、つづりは近くのコックに声を掛ける。
「あの、食器下げに来ました。お願いします」
「ゴクローさん。あ、ねぇねぇ」
「はい?」
 戻ろうとした所を呼び止められて、つづりは振り返る。
「何でしょうか?」
「文様のご友人って、どんな方だった?」
「え……」
 興味津々といった感じで聞かれ、つづりは答えに窮する。
 二人分あった食事は、つづりの分で。
 でもまさか、文がそんな事をするなんて思いも寄らないからこその質問。
 だからこそ、正直に話していいものかどうか、つづりには躊躇われて。
「あの……えっと、その……こ、答えられませんっ」
「え、何で?」
「そ、それは……ふ、文様のプライベートな問題ですのでっ」
 苦し紛れにそう言うと、どうやら納得してもらえたようで。
「……まぁ、そうだよな。雇われてる立場で、主の交友関係の詮索は失礼か。ごめんね」
「い、いえ。では、私はこれで……」
 これ以上何か聞かれたりしない内に、とつづりは逃げるようにその場を後にした。