けれど、文から返ってきた答えは、つづりの意図するものではなくて。
「つづり……無理、しなくていいよ」
「無理なんかしていません!……どうして文様は、私が関口さんと話したいと思ってるって思ったんですか?」
 すると文は、視線を逸らしながらボソボソと言う。
「関口さんが帰ったって聞いて、つづり、残念そうな顔、してたから……」
 それを聞いて、つづりは目を瞠る。
「ご、誤解です!自分の失態にちょっと凹んでただけです!」
 すると今度は文が目を瞠り、不思議そうに首を傾げる。
「……失態って?」
「仕事中なのに、自分の考えに没頭してしまって……」
「考えって?」
「関口さんの言った“彼女”っていうのがどういう意味か、とか……」
 そこまで言って、つづりはサァッと青ざめる。
 これでは、話を立ち聞きしてました、と言っているようなものだ。
「あ、いえ、その……」
 慌てて視線を彷徨わせるつづりに、文はクスクスと笑う。
「関口さんが帰ったのにも気付かない程、何を考えてたの?」
「ぅ……それは、その……」
 自分が僅かに抱いた期待とかを思い出して、つづりは顔を真っ赤にさせる。
 そうしてどう答えようか迷っていると、文が口を開いた。
「ねぇ、つづり」
「は、はいっ」
「……つづりは、僕に彼女がいると思う?」
「え……?」
 文に彼女がいるという話はまだ聞いた事が無い。
 けれど、先程の勘違いの中で見つけた答えの一つに、遠距離恋愛、という線もある。
 だが同時に、いてほしくない、と思ってしまうのも事実で。
「……分かりません……」
 だからつづりはそう答えながら俯いた。

「いないよ」

 直後に聞こえたその言葉に、つづりはそっと顔を上げ、上目遣いに文を見る。
「僕に彼女はいない」
 再度言われた言葉に、つづりは何故だかホッとして。
 そんなつづりに文は優しく微笑んで言う。
「掃除はもう、終わったんだよね?」
「あ、はい」
「じゃあ、残りの仕事を早く片付けて、休憩にしない?」
「……そうですね。じゃあ、早めに終わらせます」
 そうして残りの仕事を終わらせる為に、パタパタと動き回るつづりを見て、文は笑みを溢した。


 その夜つづりは、自分のベッドの中で中々寝付けずにいた。
「今日は色んな意味で大変だったな……」
 ここ数日、ずっと静かに過ごしてきた空間の中に、突然入り込んできた賑やかさ。
「慣れって凄いなぁ……文様のお世話係になるまで、あんなに毎日、先輩達から怒鳴られてたのに」

 要領が悪く、仕事が遅いからといつも怒鳴られていた自分。
 けれど文の世話係になってからは、そんな事は全くなくて。
 静かな空間で、自分のペースで、ゆっくりと丁寧に仕事ができる。
 その上、文様はとても優しく接してくれて。
 柔らかな笑顔を向けてくれる。

 ゆったりとした、穏やかな時間。
 けれど今日はいつものそれとは違って。
「関口さん、まるで台風みたいだったな……」
 その比喩に、つづりは自分でクスリと笑う。
「静かな空間を好む文様にとって、あの賑やかさはどう考えても天敵ね……」
 だからだろう。
 文は明らかに啓太を拒絶しているというのが、つづりにもハッキリと伝わってきた。
 だが、反対に啓太の方はというと、文を嫌っている様子は無い。
「……むしろ、構いたがってる……?」
 文に邪険にされているのに、結構楽しそうな印象を受けた。
「……でも、何しに来たんだろう……文様のお仕事関係、とか?」
 そうでなければ、文が会う理由がない。
「……文様、本当に何の仕事してるんだろう……?」
 再び出てきてしまったその疑問に、だがつづりは答えを見つける事はできない。
「聞いたら教えてもらえるかなぁ……」
 けれど、一介の使用人が主の事を詮索するのは失礼に当たる。
 勿論、犯罪に関与しているなどの理由があれば別だとは思うが。
「……文様のお世話係を紅さんから任されて、もう四日経ったんだよね」
 一週間という期限の、折り返し地点。
「あと三日、か……」
 そう考えると、何故だか寂しい気がして。
 チクリと胸が痛む。
「あれ……確か、前にも……」
 文の事を考えていて、明確な理由が分からずに胸が痛くなるのは、これで三度目だ。

 一度目は、思わず鳴ってしまったお腹の事を追求されるのが嫌で逃げた後。
 結局、何も聞かれなくて助かったのに。
 興味がないと言われたようで、悲しかった。
 二度目は今日。彼女がいるかもしれないと思った時。
 後でいないと分かって、何故だかホッとした。
 三度目は今。あと三日で、お世話係が終わると考えて。
 そうしたら、寂しいと思った。

「ご飯を一緒に食べるのを断った時は、良心が痛んだからだよね。じゃあ、あとのは……?」
 そう考えて、つづりが辿り付いた答えは。

「私、文様の事……好き、なんだ……」

 そう、自覚した途端。
 胸が切なく、締め付けられるようで。
 つづりはギュッと目を瞑った。