「つづりは、本を読むのは好き?」
「はい。……学生の頃は、よく図書室で本を読んでました。図書委員もやってたんですよ?」
「あぁ……だから、気付いたの?」
 そう聞かれて、つづりは何の事かと思う。
「理想的な本の保存方法」
「あ、はい。私の通ってた学校の図書室は、極力直射日光が入らないようにしてたりしてましたから」
 高温多湿や直射日光は、本がすぐに傷んでしまう原因になる。
 湿度も温度も低い方が紙の負担にならないし、本が変色してしまうのは紫外線の影響で。
 それを知っていたから、つづりは気付いたのだ。
「……本当は、窓に紫外線防止フィルムも貼ってるんだけどね。蛍光灯も、紫外線防止用のだし」
「徹底してますね」
「……ねぇ、やっぱり、部屋の温度はもう少し高い方がいいかな」
 急にそう言い出した文に、つづりは疑問に思う。
 部屋の温度設定は、本の保存の為なのに。
「どうしてですか?」
「人が過ごす事を基準にすると、18度〜22度が最適らしいから。つづりは寒くない?」
 確かに少し寒いけれど、暖かい格好をしていれば過ごせない事はない。
「大丈夫です。文様は風邪とかひかれないんですか?」
「僕はもう慣れてるから」
 それもそうだと考え、つづりはクスクスと笑う。
「どうしたの?」
「いえ……文様、暑いのは苦手になってそうだなって思って」
「ふふっ、そうかも。つづりは、どの季節が好き?」
「どの季節も好きですよ。でも、そうだな……やっぱり秋、でしょうか」
「読書の秋?」
「一番はそれですね。食べ物が美味しい季節っていうのもありますけど……やっぱり本は好きですから」
 他にも芸術の秋とかスポーツの秋とか、秋には楽しい行事がたくさんあるイメージもあるから。
「そう。……そういえば、よく図書室で本を読んでたって言ってたよね」
「はい」
「どんな本?」
 そう聞かれてつづりは、学生の頃に読んでいた本を思い出す。
「うーん……各国の神話ばかり読んでた時期もあれば、推理小説ばかりだった時もあります」
「今は?」
「題名で興味を引いたものを読んだり、映画の原作だったり……でも私、章の本だけは絶対読むんです」
「ファンなの?」
「はい!……章の本は、読むと心が温かくなるんです。繊細で、透明で、でも勇気付けられるような言葉で溢れていて。何度も読み返したくなっちゃいます」
 章の紡ぎ出す言葉はいつも温かくて。
 毎回、夢中で読んでしまう。
 だから新作の本は、内容を知らなくても、必ず手に取るようにしている。
「それは……」
 すると、急に言葉に詰まったような文に、つづりはどうしたのかと思う。
「……文様?」
「……本人が聞いたら、凄く嬉しい言葉だね。何度も読み返したい、なんて、最上級の褒め言葉だ」
「そうですか?」
「……ファンレターとかは、書かないの?」
「そんな、何を書いていいか分からないです」
 正直、書いてみようかなと思った事はあるけれど。
 上手く書けなくて、気分を害してしまったら、と考えて結局書かなかった。
「……書いてみればよかったのに……」
「文様?今なんて仰ったんですか?」
 ポツリと呟いた文の言葉が聞き取れず、つづりは聞き直すが。
「ううん、何でもないよ」
 文はそう言って、別の話題に変えてしまった。


 そうして、もうすぐ夕食、という所でつづりは話を止める。
「……あの、文様。もう大丈夫です」
 すると文は、つづりが起き上がるのを、今度は止めなかった。
「本当に?」
「はい。ご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした」
「そう……でも、無理はしないでね」
「はい」
 心配そうな文に、つづりは笑顔で返事をする。
「では、夕食を取りに行ってまいりますね」
「うん、お願い」

 そうしてつづりは部屋を出ると、一つ息を吐いて。
「大丈夫。ちゃんと笑えてる」
 そう、自分に言い聞かせるように呟く。

 膝枕をしてもらいながらの、楽しい語らい。
 このひと時は、私にとって、十分過ぎる程の幸せな時間だった。
 私には、この思い出だけで十分だ。
 文様への想いは、心の奥底に大切にしまっておこう。
 無理矢理切り捨てるなんて、できないから。
 そして。
 傍にいられる、残り僅かな時間は。
 できるだけ、笑顔で過ごそう。

 そう、心に誓いを立てて。


 そう決めた後は、いつも通りの振る舞いができていたと、つづりは思う。
 だって、もう残り僅かなのだ。
 どうしよう、と悩んで俯いているよりも。
 一緒に居られる時間を大切にしたい。
 後悔はしたくないから。
 叶わない想い。
 届かない願い。
 それは仕方のない事だから。
 切なさで胸の痛みは増す一方だけど。
 せめて、最後まで嫌われたりしないように。
 精一杯の笑顔で。
 そうして。
 宝物のようなこの日々を。
 ずっと大切にしていくんだ。