そうして迎えた六日目。
それは、もう習慣と化してしまった読書の時間の時の事だった。
つづりが今日は何を読もうかと思っていると、文が声を掛けてきた。
「つづり。……今日はコレを読んで欲しいんだけど……」
そう言って文が渡してきたのは、鍵付きの日記帳で。
「あの、これは……?」
つづりがそう聞くと、文は少し躊躇うような、困ったような表情を浮かべるだけで。
「……読めば分かるから」
一言だけそう言った。
どうやら文は、それ以上は何も言うつもりはないらしい。
「……分かりました」
戸惑いながらも、つづりは文から日記帳を受け取る。
鍵はもう開けてあって、簡単に開く事ができた。
他人の日記帳を見るなんて。
本人が許可しているとはいえ、凄く後ろめたい気がする……。
ドキドキしながらページを捲ったつづりは、だが少し拍子抜けする。
そこに綴られていたのは、日々の出来事などではなく。
「……小説……?」
紛れもない小説だった。
一瞬、文の私小説かとも思ったが、どうやらそれも違うようで。
文字を追うごとに、つづりはその物語に引き込まれていった。
小説の内容は、とある理由で人里離れた山奥に住む青年と、何も知らずにそこに迷い込んだ少女のお話。
二人は次第に心を通わせて。
最後には青年は、少女と共に山を降りる決心をする、というものだった。
単純な恋愛小説かと問われれば、それとはまた違っていて。
なんとも魅力的な作品だった。
夢中になって読み終えて。
内容は荒削りだったけれど、とても面白かった。
けれど。
気になった事が一つだけある。
文章の至る所に見え隠れする、つづりの大好きな小説家の章と同じ雰囲気。
「まさか……」
つづりは、一つの可能性に思い至った。
それは。
「文様、これ……」
「……うん」
「章のデビュー前の作品ですかっ?」
つづりは目をキラキラさせて文にそう聞くが。
当の文は目を瞬かせて、なんとも微妙な表情をしていた。
「あ、あれ……?違いましたか……?」
「……うん、まぁ……間違ってはいないね」
その言葉に、つづりは興奮しながら言う。
「うわぁ……っ!凄いです、文様!章のデビュー前の手書きの小説なんて、一体どこから手に入れられたんですか?あ、もしかして……文様、章とお知り合いなんですか……っ!?」
はしゃいだようなつづりの様子に、文は呆然としていたが、プッと吹き出すとそのままクスクスと笑い始めた。
「あ、あの、文様……?」
突然笑い出した文に、つづりは戸惑いながらも声を掛ける。
「いや……うん」
一人で納得したような文の言動に、つづりは首を傾げる。
すると文は、柔らかい笑みを浮かべてつづりの髪を撫でた。
「ようするに……つづりがいてくれて良かったって事」
「私が、ですか……?」
いれくれてよかった、などと面と向かって言われて、つづりはなんだか気恥ずかしさから頬を染める。
「ねぇ、つづり。本のページは、最後まで見た?」
「え?いえ……」
日記帳のページ数が多かったのだろう、小説が終わっても、まだ余白のページが少しあって。
読み終えた時に、数ページ捲ってみたが、もう何も書かれておらず、つづりはそこで本を閉じたのだが。
「まだ何か、書いてあったんですか?」
「それは自分で確かめてみて」
文に促され、つづりは日記帳をもう一度手に取る。
そうして、余白のページを一枚ずつ捲って。
最後のページを見て、つづりは驚いた。
「っ!?これ……」
そこにはページの下の方に書き初めと書き終わりの日付が記してあった。
――文の名と共に。
こうして日付と名前が書いてあるという事は。
この小説を書いたのが、文様本人だという事で。
文様が章の小説を真似して書いたのならまだ分かるけれど。
章は、ここ5、6年に出てきた小説家だ。
日付はそれよりも前で。
だから真似して書くなんてできっこない。
それができるのは。
「……文様が、章、なんですか……?」
ようやく辿り付いた結論に、つづりは恐る恐るそう聞いた。
「……うん」
少しバツが悪そうに頷く文に、だがつづりはそれどころではなかった。
それもそのハズ、つづりにはここ数日の記憶が一気にフラッシュバックしていた。
本人に向かって、ファンだと公言して。
読んだ感想を色々言って。
これだけならまだいいが。
恥ずかしげもなく、章の綴る言葉について語ったり。
かと思えば、ファンレターは何を書いていいか分からない、と言ったり。
先程に至っては、本人に向かって、お知り合いなんですか、と聞いたりもして。
つづりは自分の言動やあまりの鈍さに、恥ずかしかったり情けなくなったりして。
穴があったら入りたかった。