穏やかな昼下がり。
 窓の外は雲一つない快晴。
 だというのに、つづりはどこかへ出掛ける事もせず、何をするでもなく、ベッドの上に寝転がっていた。
「はぁ……」
 出るのは溜息ばかりで。
 折角のお休みだというのに、何もする気が起きない。
「はぁ……」
 本日何度目かの溜息を吐いて、考えるのは文の事ばかり。
「文様……今、何なさってるのかな……」
 紅には、昨夜の内に引継ぎを終わらせていた。
 預かっていた、けれど一度も使われる事のなかったワイヤレスコールを渡して。
 特に変わりはなかった事と、啓太が原稿を取りに来たという事を報告して。
 けれど。
「文様……一人で、お食事してるのかな……」
 つづりが毎回の食事を一緒にしていた事は言わなかった。
 いや、言えなかったのだ。
 本来ならばそれは、許されない事だから。

 でも、本当は。
 そんなの建前で。
 自分だけの秘密にしておきたかったのかもしれない。
 文様は、一人の食事は味気ないと。
 誰かと一緒に食べたいと言っていた。
 そうしてそれを、メイド長として忙しそうにしている紅さんには言えないのだと。
 そう、言外に言っていたから。
 だから、言わなかった。
 自分以外の誰かと、楽しそうに会話しながら食事する文様を想像するのが嫌だったから。

「……私、メイド失格だ……」
 想うは文の事ばかり。
 けれど、それは自分の立場から逸脱した想い。
「文様……」
 きっと、これで良かったのだ。
 何もかもが元通りになっただけ。

 そう思ってみても。
 心だけは、知らなかった頃には戻れなかった。


 次の日、つづりは朝から気分が重かった。
 元の持ち場に戻るという事は。
 また、先輩達に怒鳴られる日々が待っているという事に、他ならなかったから。

 只でさえ、何も手に付かない状態だというのに。
 これでは、普段の倍以上怒鳴られる事は火を見るより明らかだ。
 けれど、どんなに願っても時は止まってはくれない。

 そう思って、気持ちを切り替えようとした時だった。
「ああ、いた。本橋さん」
 そう声を掛けてきたのは、他の持ち場のメイドで。
「紅さんが探していたわよ?」
「紅さんが、ですか?」
 何だろうと首を傾げ、だが思い当たる事は一つしかない。
「……分かりました、ありがとうございます」
 紅の事を伝えてくれたメイドにお礼を言って、つづりはすぐにそちらに足を向ける。
「食事の事、紅さんにバレちゃったんだ……」
 窘められるか、怒られるか。
 それだけならまだいいが、最悪の場合、クビという事もありえるかもしれない。
「……文様に逢えないなら……それもアリかな……」

 近くにいれば、逢いたくなる。
 声が聞きたくなる。
 話をしたくなる。
 この気持ちはもう、どうしようもないものだ。
 ならば、いっそ。
 この屋敷から離れるのも、一つの手かもしれない。

 そう思いながら、つづりは紅がいるであろう部屋の前に立つ。
 メイド長の紅には、母屋の部屋が一つ与えられている。
 とても小さな部屋だが、屋敷を管理する為に必要な事務仕事をする為の部屋だ。
 つづりは一つ深呼吸をすると、意を決してドアをノックする。
「本橋です。紅さん、いらっしゃいますか?」
 すると部屋の中から、どうぞ、という声が聞こえる。
「失礼致します」
 つづりはドアを開けると、一礼して中に入る。
 そうしてドアを閉めて、仕事をしている紅の前に立った。
「あの、どういった御用でしょうか……?」
 そう聞くと、紅は顔を上げてニッコリと笑う。

「そんなに不安そうな顔をしなくてもいいわ。実は貴女に、どうしてもお願いしたい仕事があるのよ」

 その言葉に、つづりは既視感を覚えた。
 いや、既視感などではない。
 一週間前にも、同じような言葉をつづりは聞いている。
 その時は、文の世話係を頼まれた。
 じゃあ、今度は……?
「私に、ですか……?」
 一週間前のあの時に戻れればいいのに、と思いながら、つづりは知らず泣き出しそうなまでに顔を歪めてしまう。
「大丈夫よ。付いてこれば分かるから」
 紅に優しくそう言われ、つづりは従うしかない。

 そうして紅が向かった先は。
「う、そ……」
「嘘じゃないわ。貴女の担当は、今日からココ」
 信じられない事に、文の部屋だった。