だが急に後ろから声を掛けられ、つづりはビクッと肩を揺らす。
「……ねぇ」
「っ!?」
 声の主は、勿論一人しかいない。
「本……好きなの?」
「は、はいっ」
 急に話し掛けられ、つづりはビックリして声が裏返ってしまう。
「ふーん……」
 だが文の反応はそれだけで。
 つづりは思わず自分から話し掛けてしまっていた。
「あ、あの……文様も、本がお好きなんですね」
「……何で、そう思うの?」
 自分の大胆さに反省する間もなく、文からそう答えが返ってきて。
 つづりは慌てて口を開く。
「そ、それは、その……この部屋が、本にとって一番良い環境に、整えられているから……」
 しかし自信のない答えに、つづりの言葉は尻すぼみになっていってしまう。
 だがそんな事には全く気にも留める様子もなく、文は話を変える。
「本棚……君ならどう掃除する?」
「え?ええと、本棚、ですか……?」
 つづりは少し考えてから口を開く。
「そう、ですね……パソコン周りで使うような、埃取りの吸着モップで本を拭きながら、でしょうか」
 そう答えながらも、つづりは不安でいっぱいだった。

 何で、こんな事聞かれてるんだろう……?
 他の人の意見も聞きたかったから、とか?

 恐らく文は、本ととても大切に扱っている。
 だからこそ、ぞんざいな扱いをされないように、誰にも触らせないのだと思う。
 そう考えて、つづりはなるべく丁寧な方法を提示した。
 だが、そもそも掃除の仕方なんて、人によって違うのだ。
 マニュアルやノウハウがある業者じゃあるまいし、正解なんてつづりに分かるハズもない。
 そんなつづりに対し、文は自分のペースで口を開く。
「名前……」
「え?」
「君の名前、何だっけ……?」
 先程名乗ったばかりなのに再び聞くなど、考えてみれば失礼な話だ。
 一週間お世話係を担当する者に対し、興味がなかったからと聞き流していたという事になる。
 けれど、つづりにはそんな事を考える余裕もなくて。
「も、本橋です。本橋、つづり」
 文の問いに答えるのが精一杯だ。
 それなのに文からは、つづりを更に驚愕させる言葉が出てきた。

「じゃあ、つづりの言った方法で、本棚の掃除もお願いしていい……?」

 その言葉に、つづりは一瞬、聞き間違えたかと思った。
 それくらい、信じられなかった。

 い、今、本棚の掃除って言った?
 だって、本棚って許可なく触っちゃダメなんだよね?
 じゃあ、許可されたって事……?
 ……っていうか、その前に!
 私の事、つづり、って名前で呼んだよね?
 何で下の名前で呼ばれたの、今!?

 けれど当然、そんな疑問を文にぶつける訳にもいかず。
 つづりは自分が言った吸着モップと、上の方の棚を掃除する為の踏み台を取ってくると、黙々と掃除を始めた。


 そうして本棚の掃除を続けていると、再び声を掛けられ、つづりはビクッとする。
「……ねぇ、つづり」
「っ!?」
 しかも今度は名前付きだ。
 どうやら文はこれで定着させるつもりらしい。
「な、何でしょうか……?」
「ん……お昼、忘れてると思って」
「え……!?」
 文の指摘に慌てて時計を見ると、正午からもう30分以上経ってしまっている。
 紅に言われていた時間は、正午きっかりだったのに。
 その事につづりは、サァッと顔を青ざめさせる。
「も、申し訳ございません!今すぐにお持ち致しますっ」
 そう言いながら頭を下げるが、動揺していたつづりは、踏み台から危うく足を踏み外しそうになってしまう。
「きゃ……っ」
 だがバランスを崩したつづりを文が咄嗟に支え、大事には至らなかった。
「大丈夫?……そんなに慌てなくて、いいよ」
「すみません……」
 つづりは情けないやら恥ずかしいやらで、優しい言葉を掛けてくれた文の顔をまともに見る事ができなかった。

 取り敢えず食事を運んでこようと、つづりは文に一礼すると、彼の部屋を後にする。
「はぁ……もっとしっかりしなきゃ」
 落ち込んだようにそう呟いたつづりは、そういえば、と思い直す。
「……なんか、文様って……」

 聞いていたのと、違う気がする。

 そう思わずにはいられなかった。