厨房に行ったつづりは、忙しそうに働くコック達を見て、声を掛けるのを躊躇ってしまう。
忙しいのは当然だろう。
今はお昼時。
彼らは、つづりのような他の使用人達の分も作っているのだから。
勿論、祭雅家の面々と同じ食事内容ではないが。
しかし、このまま黙って眺めている訳にもいかない。
何せ文の昼食の時間は、本来よりも30分以上遅くなってしまっているのだから。
恐らくは厨房もそのつもりで食事の用意をしているだろう。
という事は、料理がもう冷めてしまっている可能性だって十分にある。
つづりは意を決すると、一番近くにいたコックに話し掛けた。
「あのっ、文様のお食事を取りに来たんですが……」
するとそのコックはつづりを見て首を傾げる。
「あれ?今日は紅さんじゃないんだ?」
「は、はい。今日から一週間、紅さんがいないので、私が代わりに……」
するとそのコックは納得したように頷く。
「どうりで時間になっても取りに来ない訳だ。……君、大丈夫?」
「え?な、何がですか……?」
急に深刻そうな顔で大丈夫かと問われ、つづりは不安になる。
「いや……前にも君みたいに文様の食事を遅れて持って行った子がいてさ」
そこまで言って、そのコックは言い難そうに口を開く。
「……即行でお世話係から降ろされたって話」
「……っ!」
その話につづりは息を呑む。
もしそれが本当なら。
やはり、とんでもない事をしでかしたんじゃないか?
つづりにはそう思えてならず、再び顔を青ざめさせる。
それを見たコックは、慌ててフォローする。
「いや、でもその子は自分から文様のお世話係を申し出たって話だし、文様だって最初くらいは大目に見てくれるんじゃないか?きっと」
きっと、なんて不確定要素を付けられても、全くもって嬉しくない。
そう思いながらも、つづりは文の言葉を思い返す。
『そんなに慌てなくて、いいよ』
そう言われたという事は、大目に見てもらったと解釈してもいいんじゃないだろうか?
そう考えると、つづりは多少気分が上向きになった。
つづりにとっては有難い事に、今日の文の昼食に温かい物はなかった。
その事にホッとしつつ、つづりは食事用のテーブルにお皿を並べていく。
「……いただきます」
文はそう言うと、優雅な所作で食事を始めた。
そうして食べ始めて数分。
文は食事の手を止めて、つづりの方を見る。
その事に戸惑いながら、つづりはおずおずと聞く。
「あの……何でしょうか?」
コップに水は注いであるし、紅茶だって出てる。
今の所、食べ終わったお皿もないし……。
文の視線の意図が全く分からず、つづりは不安になるが。
「……つづりは、いつ食べるの?」
質問の意図がすぐに理解できず、思わずつづりは聞いてしまう。
「あの、それはどういう……」
「つづりは、お昼、食べないの……?」
首を傾げるようにそう問われ、ようやく質問の意図を理解したつづりは、慌てて答える。
「わ、私は文様のお食事が終わった後に、少し休憩を頂きます」
「そう……その後は?」
「ご、午後は……」
午後からの予定を聞かれ、つづりは言葉に詰まる。
つづりはまだ、紅に渡された紙を見ていない。
恐らくはそれに午後からやる事などが書いてあるのだろうが、内容を見ていないから、何をやらなければならないのか分からない。
だが、“文から特に用事がないと言われたら、通常業務をすればいい”という事は、確実に時間が余るという事だろう。
つづりはそう考えて、取り敢えず答える。
「ええと、細かな仕事を終えたら、また棚の掃除を再開しようかと」
「ん、分かった」
そう言うと、文はまた食事を再開した。
文が食事を終えて、つづりもようやく昼食にあり付けた。
「やっぱり、文様の食事と大分違うなぁ……」
自分の昼食を見て、つづりは思わず苦笑しながら呟いていた。
それもそうだろう。
立場の違いもあるし、なにせ使用人は数十人いるのだ。
作るとすれば当然、一度に大人数の分を作れる料理の方が簡単だ。
「それにしても……何で午後の予定なんか聞かれたんだろう?」
何かお使いでも頼もうと思ったのかな?
外出しなくちゃいけない用事なら、時間掛かるし……。
「あ、紅さんから貰った紙、今の内に見ておかなきゃ」
紙に目を通すと案の定、午後からやる仕事内容があって。
「……お風呂掃除に、前日に出された洗濯物の整頓……あ、除湿機のチェックもある」
その細々とした内容を頭に叩き込むと、つづりはグッと両手に握り拳を作る。
「よし、午後からも頑張ろう」
そう呟いて気合を入れると、つづりは昼食を食べ始めた。