昼食を終えたつづりは一度自分の部屋に行き、カーディガンを取ってくる。
 やはり、文の部屋は何か羽織らないと肌寒い。
 一日中いたら、風邪をひいてしまうだろう。


 そうしてつづりは文の部屋を再び訪れる。
「文様、只今戻りました」
 つづりは部屋に入ると、そう言って頭を下げる。
「ん、おかえり」
 けれど文はそう言っただけで。
 何かお使いでも頼まれるんじゃないかと思っていたつづりは、少し拍子抜けした。
「で、では仕事しますね」
 気を取り直して、つづりは紙に書いてあった仕事に取り掛かる。

 お風呂掃除の合間などに、文に紅茶を入れたり。
 取り込まれたであろう洗濯物を取りに行って、それをきちんとタンスやクローゼットに入れたり。
 そんな作業は、つづりの予想通り夕方前には終わってしまって。

 つづりは本棚の掃除を再開する前に、一度文に聞く。
「文様。あの、他に何か御用がなければ、本棚の掃除を再開しようと思うのですが……」
 もしかしたら、全部の仕事が終わるのを待って、お使いを頼もうと考えてたのかもしれないと思って。
 すると、文はある指示を出してきた。
「……じゃあ、今、つづりが読みたいって思う本、取ってきて」
「私の、ですか……?あの本棚の中から、ですよね」
「うん」
「分かりました」
 どうして私の読みたい本なんだろう?
 そう疑問には思ったが、取り敢えずつづりは本を選ぶ事にした。

 そうして改めて本棚の蔵書を眺めると、つづりは感嘆の息を漏らした。
「本当に凄いなぁ……」

 本のジャンルは様々で。
 それが作家ごとに並べられている。
 その中には、章の本以外にもつづりが知っている本が並んでいたりして。
 一日中ここで本を読んでいても飽きないだろうと思った。

「やっぱり、これかな」
 その中でつづりが手にした本は、他でもない、章の書くシリーズ物の中の一作で。
 当然その第一巻目だ。
 つづりはこのシリーズが特に好きだったし、午前中に見つけた時も、やはりこの本を一番読みたいと思ったから。

 そうして文の元へ行くと、その本を差し出す。
「文様、どうぞ」
 だが、文は本を受け取らずに聞いてきた。
「章の本……好きなの?」
「は、はい。大好きな作家さんです」
 つづりがそう答えると、文はそこで初めて、フッと柔らかい表情を浮かべた。
「そっか……」
 文その表情に、つづりは思わずドキッとしてしまう。
 そんな事には全く気付かず、文は更に指示を出してきた。
「そのまま、隣に座って」
「隣、ですか……っ?」
 その指示につづりは一気に緊張し、ドキドキが増す。

 つづりが緊張するのも無理はない。
 文は今、部屋に入ってすぐに目に入る対面式のソファに座っている。
 そのソファはどう見たって二人掛けで。
 ゆったりとできるようにか、多少大き目の造りになってはいるが、必然的に体が触れ合う距離と言っても過言ではないのだ。

 だが、使用人の立場で断る事は難しく。
 つづりはドキドキしながら文の隣に静かに腰掛けた。
 それを確認すると文は、つづりが思いも寄らなかった事を言った。

「それ、読んでていいよ」

 まさか、そんな事を言われるとは思っていなかった。
 確かに読みたいとは思ったけど。
 仮にも今は仕事中。
 いくら許しが出たからといって、ありがとうございます、という訳にもいかないだろう。

 文の意図が全く分からず、つづりはどうしていいか分からない。
「あ、あの……どうして……」
「ん……何が?」
「こ、この本、文様が読まれるんじゃないんですか?」
「……読むのはつづりだよ」
「で、でも私……今仕事中で……」
「じゃあ……読んで感想を聞かせて?それがつづりの仕事」
 そう言われてしまえば、つづりにはもう何も言えない。
「……分かりました」
 つづりはどうしてこんな事になったのか疑問に思いながら本を開く。

 そうして数分後にはもう、そんな疑問など頭から一切吹き飛んで、つづりは本に夢中になっていた。