文の部屋に戻ったつづりは、昼食時と同様、食事用のテーブルに料理の載った皿を並べていく。
「文様。お食事のご用意が整いました」
そう声を掛けると、文はノートパソコンを閉じ、席に着いた。
静かな部屋での静かな食事。
室内に響くのは、カチャカチャと食器同士が当たる音のみで。
この沈黙に緊張し、耐えられないと思っても、つづりから言葉を発する権利はない。
使用人であるつづりが口を開いていいのは、あくまでも文から何か話し掛けられた時か、必要事項の確認などの時のみ。
なのに。
「……つづりは、あまり喋らないんだね」
そんな事を言われてしまって。
「え、あの、それはどういう……?」
文の意図が分からなくて、つづりは困ったような顔をして首を傾げる。
「……今まで来たメイド達は、色々聞きたがったから……」
「色々、ですか?」
「うん。色々」
色々と一体何を聞いたのか気にはなったが。
そんな事よりも、つづりは今の話自体が信じられなかった。
文様は仕えるべき主で。
しかも静かな空間を好む方。
おいそれと話し掛けていい相手じゃないハズで。
なのに。
話を聞きたがった?
そんなの、失礼以外の何者でもない。
学校のクラスメートなどにに対してならともかく。
あまりにも立場を弁えない、身勝手な行動だ。
「わ、私は一介の使用人です。恐れ多くて、とてもできません」
そう言って顔を伏せると、文はクスリと笑った。
「じゃあ……僕の言う事なら、何でも聞くの……?」
意地悪なその質問に、だがつづりは首を横に振る。
「使用人が主の命に従うのは当然です。ですが、何でもという訳には……聞けない命令もあると、思いますので……」
そう言いながらも、つづりは反抗的な態度を取っているような気がしてきて、段々と声が小さくなっていく。
「聞けない命令って……例えば?」
「え?えっと、それは、その……うーんと……」
すぐには思い浮かばなくて、つづりは悩み始めてしまう。
「あ、法律に反する事、とか?」
ようやく思い浮かんだと思えば、そんな固い内容で。
文は微笑んで言う。
「……つづりは真面目なんだね」
「そう、ですか……?」
「つづりみたいな子、初めてだ」
柔らかく微笑む文のその笑みと言葉に、何故だかつづりは体中が真っ赤になって。
自分でも訳の分からない反応に、困ってしまう。
「そういえば……まだ本の感想、聞いてない」
その言葉に、つづりは本を読む前に言われていた事を思い出す。
『読んで感想を聞かせて?それがつづりの仕事』
その事に、慌ててつづりは口を開く。
「え、えっとですね……何から話せばいいのかな……あの本は――」
そうして文が夕食を食べている間中、つづりはしどろもどろになりながらも、本の感想を口にしていた。
文の夕食が終わって、つづりは片付けをする。
「では文様。お風呂はいつでも入れるようにしてありますし、洗面所に着替えもご用意してあります。私は就寝の前にもう一度こちらに伺うという事でよろしかったですか?」
「うん」
「それでは、失礼致します」
そう言って一礼し、文の部屋を出ると、つづりは緊張を一気に解く。
「……本の感想、あれでよかったのかな……」
文は終始黙って聞いていたから、どう思ったか分からないのが難点だ。
「それにしても……」
つづりは文に対して抱いていたイメージを改めざるを得なかった。
文様は気難しい方なんかじゃない。
……ちょっとこだわりは強いかもしれないけど。
好きな事に対して妥協しないのは、むしろ見習うべき所だし。
物静かで口数が少ないだけで、厳しい訳じゃない。
他のメイド達が今まで文の機嫌を損ねてきたのは、図々しくも色々と個人的な事を聞きたがったからに他ならないだろう。
もしかしたら、他のメイド達は、それが失礼に当たるという事を理解していなかったのかもしれない。
だから文様を気難しい方と勘違いしているのだろう。
「……そういえば、ご長男の彩様は誰に対してもとても気さくで、フレンドリーな方だと聞いた事がある気が……」
もしそれが本当なら、それも原因の一つだろう。
兄弟だからって同じ性格とは限らないのに。
文の就寝時間前に、つづりは再び彼の部屋を訪れる。
「文様。失礼致します」
つづりがそう言って一礼して部屋に入ると、文はもうベッドの中で。
身を起こして読書をしているが、いつでも寝られる状態だ。
それを見てつづりは洗面所に行き、洗濯物を回収する。
「文様、何か他に御用はございますか?」
「ん………………ない」
「?」
微妙に長い間が気にはなったが、文がないと言うのであれば、つづりはそれ以上追及はしない。
「では、明日のご起床は何時になさいますか?」
「……じゃあ、7時に」
「では、その時間に参ります。文様、お休みなさいませ」
「……お休み」
挨拶を交わして部屋を出ると、つづりは洗濯物をランドリー室に持って行って。
こうしてつづりの長い一日は、ようやく終わったのだった。