文の部屋を出た明は、殆ど帰る事のない自室へと向かう。
アイドルとしての活動やレッスンで疲れると、どうしても家に帰るのが面倒臭くなって。
大学のキャンパスが近い事もあって、会社の仮眠室を使わせて貰う事の方が多いからだ。
それでも、主のいない部屋はいつも綺麗に手入れが行き届いている。
それはひとえに、優秀なメイド達のお陰なのだろう。
「さてと……取り敢えず色々書き出してみるかな」
適当な紙とシャープペンを取り出すと、明は言葉を次々と思い付くままに書き出していく。
ありがとう
気付いた
逢えて良かった
大切なコト
伝えたい
他にも色々と、あらかた言葉を書き出すと、今度はそれを組み合わせていって。
「うーん、“気付いた”じゃなくて“気付かせてくれた”かなぁ?後は……」
できた詞を、今度は既に出来上がっている曲のリズムに合うように細部を変えていく事になる。
「〜〜♪〜〜♪……“貴方”じゃ合わないから“君”だな。〜〜♪〜〜♪……この言葉はこっちと入れ替えた方が合うかな?」
そんな感じで何度も何度も歌詞を推敲して。
気付けば一晩中没頭して作っていた。
そうして。
「できたぁ〜……」
出来上がった途端、没頭している間には全く感じなかった眠気が襲ってきて。
「うぅ……眠い……今日って仕事あったっけ……?」
明は机に突っ伏したまま殆ど回らない頭でそう考え、もぞもぞと緩慢な動きでポケットを弄り携帯電話を取り出すと、茅に電話を掛けた。
『もしもし、明君?どうかしたの?』
「……」
『明君?』
「……眠い……」
ついこの間、“三度目はないと思いなさい”とお小言を喰らったばかりだし、仕事が入っていたら大変な事になると、殆ど無意識の内に茅に電話を掛けたまではいいのだが。
襲い来る睡魔に、明は抗いきれなくなってきていて。
それに気付いたのか、茅は電話口で焦ったように言う。
『ちょっと、明君!?寝ちゃダメよ!今ドコなの!?』
「……うち」
『家にいるのね!?』
「ん……」
そうして、その返答を最後に、明の意識は完全に落ちた。
「…………ぅ…ん……あ、れ……?ここは……」
目を覚ました明は、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなる。
「お。起きたかー?」
前方からそう掛けられた声と、なんとなく揺れているような振動に、車の中だという事が分かって。
けれど、掛けられた声の主に戸惑う。
「……彩兄?何で……」
「何でって、丁度お前んトコの事務所に顔出したら、茅ちゃんが必死の形相しててさー。何事かと思ったよ」
おぼろげにも、茅に電話を掛けた事を思い出した明は、すぐに合点がいく。
どうやら、たまたまそこに居合わせた長兄の彩が、車で迎えに来てくれたらしい。
「いやー、茅ちゃんのあの顔は見物だったね。俺の顔見るなり、天の助け!とばかりに縋ってきてさー」
クスクスと楽しそうに笑いながらそう言う彩は、バックミラー越しに明を見ていて。
その視線に、明はバツが悪そうに目を逸らす。
「……俺のマネージャーは?」
「番組の企画会議に行ってるんだとさ」
その答えに、明は納得する。
マネージャー不在なら、茅が慌てるのも無理はないだろう。
茅自身だって事務所社長としての仕事を抱えているのだし、だからといって、事務員の子を迎えにやる訳にはいかないだろう。
起こして明が目を覚ませばいいが、そうでなければ彩がしたように、寝ている明をそのまま運ばなければならないのだから。
「そういえば、彩兄は事務所に何か用でもあったの?」
ふとそう思って聞いてみると、盛大に溜息を吐かれた。
「お前さー……今日の仕事が何か覚えてないだろ」
「……」
バックミラー越しにジト目を向けられ、明はまたもやバツが悪そうに目を逸らす。
「今日は今度出すアルバムのジャケ撮り!偉大なるおにーさまとの仕事の日だぞ〜?」
「ああ……」
そういえばそんな予定も入っていたな、と思って苦笑するが、すぐにあれ?と首を傾げる。
「でもジャケ撮りはいつものスタジオで、だよね?わざわざ事務所に来る必要なんて……」
確かに彩は身内だが、同時にビジネス関係でもある。
今回のアルバムのジャケットに使用する写真はスタジオ撮影だと前々から決まっていたし、プロの写真家に仕事を依頼している以上、RAIKA側が出向くのが普通だ。
だが彩は、僅かばかり口の端を上げて言う。
「おにーさまにはおにーさまの都合ってモンがあるんだよ」
「都合、ねぇ……」
何だかはぐらかされた感じがして、明がジト目を向けると、彩はニヤニヤしながら言う。
「そう言うお前はどうなんだよ、最近。素敵な出会いでもあったんじゃねーの〜?」
「な……っべ、別に?何でそんな事聞くんだよ」
一瞬、晶の事を思い浮かべたが、それと同時に彼女がAYAのファンだという事も思い出して、何だかそれが癪だったのでとぼける事にした。
「いや〜?最近ライカの雰囲気が変わってきたって評判だしー?彼女もしくは好きな人でもできたんじゃねーかと、おにーさまは睨んでるんだけどな〜?」
「っ……!」
その鋭い指摘に、明はグッと言葉に詰まった。