どうしよう。
今はまだ、晶さんの事を知られたくない。
……というか。
晶さんがAYAのファンだという事を一番知られたくない。
そう思って、どう誤魔化そうかと必死に考えて。
「……そういえば、文兄に彼女がいた」
話を逸らす事にした。
「……何っ!?」
一拍置いて驚いた彩は思い切り後ろを振り返ってきて。
「彩兄!運転中は前向いてっ!」
「あ、ああ……すまん。で、今の話、本当か?詳しく聞かせろ」
思い切り喰い付いてきた。
文兄、ごめん。
そう心の中で謝りながら、明は自分が見た事を話す。
「文兄にちょっと用事があって部屋に行ったら、文兄がメイドの子に本棚の掃除を頼んだんだ」
「うん?それは紅さんじゃなくてか?」
「ううん、かなり若い感じ。俺と同い年ぐらいの子だったよ」
「あの文が、他人に本棚の掃除を、ねぇ……」
彩の言葉には、信じられない、という響きが混ざっており。
それは当然だろう。目の前で見てた明自身も信じがたい光景だったのだから。
「しかも、自分の専属って言ってた」
「文の専属!?……それは驚きだな。その子何者だ?」
「ああ、うん、そう思うよね」
そう言いながら、明は文の言動を思い出す。
「確か……つづりって名前で呼んでたかな。しかも僕がちょっと見てただけで、不機嫌そうに“僕のだから”とか言うし。おまけに、
経緯とか聞いたら“一言じゃ無理”だよ?」
「一言じゃ無理?どういう意味だ?」
「短時間じゃ語り尽くせないってさ」
「あー成程な。そういう意味か……何にせよ文がそこまで懐くなんて、かなり気になるな」
犬猫じゃないんだから……と思いながら、明は苦笑するだけに留めておく。
すると彩は急に眉を顰めた。
「んん?まてよ……確かこの間、啓太の奴もそんなような事を言ってたか……?」
「関口さんが?」
文の担当編集者の関口啓太。彼は彩の学生時代からの友人でもあって。
随分賑やかで楽しい人だが、祭雅家のメイド達を片っ端から口説く、ちょっと軽い人だ。
明は彼の事を結構気に入っているが、文は天敵と言っていいくらい苦手にしている。
「この間、文のトコに原稿取りに行ったら、中々可愛らしい感じの女の子が居たって言ってたな」
「あ、多分僕が見た子と同じ子だと思う」
「ついに文に彼女ができたー、とか騒ぐから、そんな訳ねーだろって一蹴したんだが……事実だったか」
むむぅ……と唸るように言った彩に明は、一蹴された関口さんには同情するけど、まぁ仕方ないか、とも思う。
あの偏屈な文兄と付き合おう、なんていう奇特な人間はごく稀にしかいない。
兄弟の自分でさえも、理解不能な部分はあるし。
幼い頃から一緒に過ごしているからこそ、付き合い方も分かるし、良い所を知っているから尊敬もしている。
けれど初対面の人間は、その取っ付き難さから良い所を知る前に敬遠してしまって。
文兄もそれを殆ど気にしていないから、余計に人間関係が希薄になっているんだと思う。
そういう文兄を誰よりも知っているからこそ、関口さんの言葉は一蹴された。
……まぁ、関口さん自身が軽くてお調子者で冗談好き、っていうのもあるんだろうけど。
「……よし。じゃあ今度暇を見つけて、俺も文の彼女を見にいってみよ〜っと♪」
至極楽しそうにそう言う彩に、自分が話題を振った手前、文に本当に申し訳ないと思いながら言う。
「彩兄……あんまり文兄をからかうのは止めてあげてよ……?」
「分かってるって。ほら、そろそろ到着だぞー」
そう言われて窓から外を見てみると、事務所のすぐ近くまで来ていて。
「ま、茅ちゃんにしっかり怒られろよー」
「ぅ……」
物凄く怒っているだろう茅を思い浮かべ、明は気が重くなった。
「明っ!」
「っ!」
事務所に入るなり、怒鳴るようにそう呼ばれて、明は思わず肩を縮めてしまう。
そこに割って入ったのは彩だ。
「まーまー茅ちゃん。ブレイク、ブレイク。そんなに目を吊り上げて怒ると、また小皺が増えるぞー?」
「彩っ!」
怒りの矛先が彩に向き、だが明は余計にハラハラする。
彩兄……もっと空気読んでよ……っ!
ただでさえ怒り心頭の茅を更に怒らせて。
どうしたらいいのか明は分からないのだが、彩は全く動じる様子もない。
「はーい、ここで一つ提案でーす。さー時計を見てみよー」
その言葉に、茅も明も事務所内の時計に目を向ける。
「茅ちゃんのお怒りはもっともだけど、それは後、後。素早く行動しないと、お仕事の時間は待ってくれないぞ〜?」
彩のその言葉に、茅は眉間に皺を寄せてグッと押し黙る。
それを見て彩はうんうんと頷くと、手の平をひらひらと振って。
「んじゃー俺は先にスタジオで準備してくっから、待ってるよー?」
そう言いながら、事務所を出て行った。
それを見送って、茅ははぁーと深い溜息を吐くと、明をキッと睨む。
「彩君の言う通り、今は仕事優先よ。明、すぐに支度なさい!出来次第行くわよ!」
「はいっ!」
ピシャリとそう言われて、明はRAIKAに変装すべく、すぐに支度に取り掛かった。