「ある人に、さ。言われたんだ。ライカからは何も伝わってこない、って。歌は上手いけど、それだけだってさ」
晶に言われた言葉は、明にとってとても衝撃的だった。
「……言われて初めて気付いたんだ。僕はただ与えられた仕事をこなしていただけで、何かを伝えようとか、そんな事何も考えてなかったんだって」
折角、メディアという媒介を通して、多くの人に“自分”という存在を主張できる立場にいるのに。
「だから、ちゃんと伝えたいんだ。気付かせてくれた事とか、その他にもいっぱい。そうして、その人にライカを認めて貰いたい」
明は文を真っ直ぐ見つめながらそう言って。
けれどその直後、萎れるように目の前のローテーブルに突っ伏した。
「……なのに上手く言葉が出てこないんだよ〜」
そうしてそのまま、縋るような目線だけを文に向ける。
すると今まで黙って話を聞いていた文は、一度紅茶に口を付けてから、口を開いた。
「……難しく考えずに、そのまま思った事を、書けばいい」
「そのまま……?」
思い掛けない文の言葉に、明は目をパチクリさせる。
そんな明の様子に構わず、文は続ける。
「拙くても、稚拙でも、ありふれた言葉でも……それが他でもない、明の心からの言葉なら、きっと伝わる」
「でも……」
そうは言われても、今までの事を振り返ると、明は到底自信なんか持てない。
俯く明に、文は一つ溜息を吐く。
「他人の言葉を借りて、それらしくしたって、それは他人の言葉でしかない」
一見すると突き放すようなその物言いに、明はハッと顔を上げる。
「自分の気持ちを、本当に相手に伝えられるのは、いつだって……飾らない自分の心からの言葉しか、ないんだから」
どんなに綺麗な言葉で飾ったり、難しい言葉を並べ立てたって。
心からそう思っていなければ、それは上辺だけの物でしかない。
それは、明が一番分かっているハズの事だった。
何より、明自身が今までそうしていたのだから。
だからそれを変えようと思っていたのに。
「僕は、伝えたいって気持ちだけが先走って、また同じ事を繰り返そうとしてたのか……」
「……結局は、シンプルな言葉が、一番伝わり易いから」
「文兄……」
「小説の場合は、時には回りくどい表現が必要な時もあるけど。歌は違うでしょ……?」
歌は短い文節に想いを乗せるものだから。
言葉に余程の意味を持たせないのであれば、ストレートな表現の方が良い歌になりやすい。
「……明は時々、考え過ぎる癖があるから。伝えたい想いがあるなら、一度全部書き出して、整理したら?」
「整理?」
「うん……一度に全部詰め込もうとするのは、良くないから」
「そっか。うん、そうだよね」
それは何にでも当て嵌まる事だ。
欲張ってアレもコレもと入れようとすると、最終的には纏まりがなくなってしまう。
明はこれから先も何度だって歌詞を書く事はあるだろうから、今回入れない分は次に回せばいい。
何せ、伝えたいと想う気持ちは沢山あるのだ。
一つずつ順番に、伝えていけばいい。
時間は掛かるかもしれないが、相手に本当に解って貰いたいなら、一つ一つの気持ちを大事にして、より丁寧に伝える方がいいだろう。
「文兄、ありがと。お陰でなんか、スッキリした。やっぱり文兄にアドバイス貰いに来て良かった」
明がそう言うと、文は優しく微笑んだ。
「……で?どういう経緯な訳?正直言って、文兄の専属なんて務まる子がいるとは思わなかったけど」
お互いの近況とかを暫く話してから、明はずっと聞きたかった事を聞いた。
こう言ってはなんだが、文兄はかなり偏屈だ。
こだわりが強い、と言っては聞こえがいいが、時々付いて行けない時がある。
本の保管に最適な状態に整えられたこの部屋がいい例だ。
執着するモノに対してはとことん徹底するくせに、それ以外には無頓着だから余計に性質が悪い。
まぁ、長兄の彩も、一見誰に対しても分け隔てなくフレンドリーに接しているように見えるのに、それでいて中々クセのある人物だったりするのだが。
「……」
明の質問に、文は黙ったままで。
暫く沈黙が流れ、これは答えは返ってこないな、と明が諦めかけた頃。
「……つづりは……」
「彼女は、何?」
「………………一言じゃ無理」
「……は?」
長い沈黙の後に、何を言うのかと思えばそんな理解不能な言葉で。
「……ええと?それは何、短時間じゃ語り尽くせないって事?」
長年の経験で明がそう聞くと、文はコクリと頷いた。
その事に、明は文がつづりに対して相当な執着心を持っているのだと悟る。
そうしてつづりの方をチラリと見ると、存外彼女はそれが嫌じゃないのか、本棚の掃除すら楽しそうにしている。
「まぁ、文兄が幸せならいいよ。……これ以上いると邪魔だろうし、そろそろ帰るね」
そう言って明が帰ろうとすると、文から声を掛けられた。
「頑張って」
「うん。ありがと」
そう言って明は、文の部屋から出た。
そうして明がいなくなった部屋では。
「あの、文様……今の方って……」
「弟だよ、僕の。素直で頑張り屋で……少しだけ鈍い、ね」
そんな会話が成されていた。