「これはこれは。わざわざクレバリーの社長さん自ら、撮影のご見学ですか?」
「ええ。ライカは今、事務所で一押しの子なんで、是非とも現場で写真の出来を確認したいと思いまして」
「いや〜、貴女のようなお美しい方にご見学頂くとなると、こちらとしても気合が入りますね〜」
「まぁ、相変わらずお上手ですね」
 外見上はにこやかにそう言葉を交わすのは、他でもない彩と茅で。
 彩の方は軽く受け流しているが、茅の方は先程の怒りがまだ収まっていないのか、凄まじい迫力がある。
 と感じているのはきっと明だけなのだろうが。


 勿論、撮影が始まると茅はスタジオの隅の方で大人しく見ていたし、彩もプロカメラマンのAYAとして、RAIKAや周りのスタッフに指示を出しながら撮影を進めていく。
 今回はアルバム用の撮影なので、表紙だけでも通常版、限定版などと衣装も様々に変えなくてはならない。
 大変だが、明はRAIKAとして精一杯出来る事を、と撮影に臨む。
「ライカ、次は目線をちょっと遠くに向ける感じで……そう、そんな感じ」
 事前に打ち合わせたイメージを形にするように撮影して。
「ライカさん、次はこの衣装で。小道具がこれになります」
「はい」
 RAIKAが次の準備をしている間にも、AYAや他のスタッフは撮った写真のチェックや、撮影機材の位置変更など、スタジオは常に慌ただしい。


「じゃあ、そろそろ少し休憩〜」
 AYAからそう声が上がると、スタジオの空気は一気に和やかなものになる。
 それだけ、各自が気を張って集中して取り組んでいたという事だ。
「ライカさん、飲み物どうぞ」
「あ、ありがと〜。そうだ、俺にも写真見せてくれます〜?」
 そう言ってRAIKAがAYAの所に向かうのと。
「アヤさん、ちょっとよろしいですか?」
 茅がAYAにそう声を掛けたのは同時だった。
「あはは。美人の社長さんのお誘いとあらば、どこへなりとも」
 そうして二人で連れ立って行く後姿に、明は心の中で彩に手を合わせた。

 彩兄……。きっとかなり怒られるんだろうなぁ。
 茅姉、最近ちょっと小皺の事気にしてるし。

 明がそう思っているのに反し、スタッフ達は羨望の眼差しで二人を見ている。
「あの二人、並ぶと凄くお似合いよね」
「美男美女って、ああいうのを言うんだろうなぁ」
「有名人気カメラマンと、やり手の美人女社長か〜。羨ましいね〜」
 あちこちから聞こえるそんな声に、明はもう密かに苦笑するしかない。

 あの二人はそんな色っぽい関係じゃないんだけど。
 茅姉は彩兄の事、手の掛かる弟ぐらいにしか思ってないし。
 彩兄だって、茅姉を家族同然としか思ってない。

 身内の明はそう思っても、周りが誤解するのも無理はない。
 彩はプロになりたての頃から、AYAという名を使っていた。
 だから、意外に世間には本名は浸透していなくて。
 それに同じ芸能関係とはいっても、分野が違うという事もあって。
 彩と茅が従姉弟同士だという事を知っている業界関係者はかなり少ないのだ。
 わざわざ公言する話でもないし、ビジネスの上ではむしろ知られていない方が、公私混同だとか因縁をつけられずに済む。
 だが、幼い頃から慣れ親しんだ相手。
 それが意図せず周りに伝わってしまうのだろう。
 周囲の目には、どうしても親密な男女の関係に映ってしまうのだ。


 結局二人はものの数分で戻ってきて。
 二人の態度に何ら変わった様子はなく、スタッフ達は、なんだ何もなかったのか、と判断したようだ。
 だが明は首を傾げる。

 なんか、二人の様子が変……?

 怒られたハズの彩は何だか楽しそうな顔をしているし。
 かといって、茅が彩に上手く言い包められた訳でもなさそうだ。
 茅のその表情は深く何かを思案しているようで。
 それは、身内にだけ分かるようなごく僅かな変化だった。

「さー撮影再開、行ってみよー!」
 明の疑問をよそに、AYAのその掛け声で、スタジオ内はまた撮影ムード一色になる。
「ライカさん、スタンバイお願いしまーす」
「あ、は〜い」
 二人の間にどんなやり取りがあったか気にはなった明だが。
 今は仕事に集中する時だし、きっと自分には関係ない事なのだろうと、そう思って。
 気持ちを撮影の方に切り替えた。


 撮影が一通り終わって、明はようやく息をつく。
「ライカ、お疲れ様」
「アヤ、さん。お疲れ様です」

 実の兄をさん付けで呼ぶのも変な感じだが。
 ライカの正体は秘密なので仕方ない。
 茅の事も外ではちゃんと社長と呼んでいるし、事務所にいる時もなるべく“茅姉”ではなく“茅さん”と呼ぶように心掛けてはいる。

「ライカは最近イイって聞いてたけど、納得したよ」

 思ってもみなかった、その突然の言葉に、明は目を瞬かせる。
「え……」
「次もヨロシク〜」
 そう言って去っていく彩を呆然と見送っていると、茅に背中をパシッと叩かれた。
「良かったじゃない。アヤに認められて」
「アヤ、に……?」

 彩兄にではなく、AYAに。

「――っ!」
 その瞬間、言い表しようのない感情に、明は思わず涙が込み上げる。
「さ、私達も戻るわよ!」
「はいっ」


 ああ。
 今凄く。
 晶さんに逢いたい。