撮影スタジオから事務所に戻る車の中で、明は晶にメールをする。
『さっき、凄く嬉しい事があったんだ。今度、直接会って話がしたいな』
 そこまで打った所で、明は車を運転している茅に言う。
「そうだ、茅姉。ちょっと実家に寄ってもらってもいい?」
「仕事の予定が大丈夫ならね」
 そう言われて、明は携帯に登録してあるスケジュールを確認する。
「んーと。夕方くらいから歌番組の収録」
「ならいいけど……何かあるの?」
「待っててもらった歌の歌詞できたから。実はそれで徹夜しちゃって、今日は仕事に遅れそうになったんだけど」
 それを聞いて、茅は呆れたように溜息を吐く。
「明君……作詞に集中するのはいいけど、それで他の仕事に影響が出てちゃ、どんなに良いモノができても意味はないのよ?」
「ごめんなさい……」
「……まぁいいわ。実家の方に寄ればいいのね?」
「うん、ありがとう」
 そうして茅の運転する車は、明の実家に向けて走り出した。


 実家に帰ると、敷地内に見慣れた車が止まっていて。
「あれ?彩兄も帰ってきてる?」
「珍しいわね」
 その事に、明は思い当たる節が一つだけある事を思い出し、思わず頭を抱えた。
「どうかしたの?」
「いや……僕が彩兄に文兄に彼女ができたって言ったから、きっと早速見に来たんだ……」

 暇な時にって言ってたのに。
 多分スケジュール見て来れそうだったから来たんだ。
 もしかしたら、予定をちょっとずらすぐらいしてそうだ……。

 そんな風に考えながら明が唸っていると、茅から興奮するような声が上がった。
「文君に彼女できたの!?」
「っ!」
 しまった、と思っても時既に遅し。
 明は、茅の目がキラキラと輝いているように見えた。
「早速確認に行かなくちゃ!どんな子なのかしら?楽しみ〜」
「ちょ……っ!茅さん!」
 慌てて止めようとした明だが、茅にとってここは勝手知ったる従弟達の家。
 あっという間に家の中に入って行ってしまった。
「……文兄……ホントごめん……」
 後に残された明は、目の前にいないにも拘らず、これから大変な事になるであろう文に向けて謝った。


 気を取り直して明は一人自室に向かった。
 どうせ後から行ったって、彩と茅の二人を止められる訳がないのだ。
 ならば、時間が経って少し落ち着いた頃に行く方がいい。
 そう判断して、先に歌詞を書いた紙を取りに行く事にしたのだ。
 机の上に置いてある紙を取りに行くぐらい、大した時間は掛からないだろうし。

 だが。
「ない」
 机の上に置いてあるハズのその紙は、どこにもなかった。
「ない、ない!ないっ!」
 机の下からごみ箱の中、机の裏やベッドの下に至るまで、およそ考えられる場所や隙間を探したが、一向に見つかる気配はない。
「どこにいっちゃったんだよ〜っ!?」
 曲のデモテープや、下書き用にフレーズを思い付くままに書き綴った紙なら、机の上にそのままあった。
 けれど、肝心の出来上がった歌詞を書いた紙だけが見つからないのだ。
「っ……そうだ、紅さん!」
 もしかしたら、部屋の掃除に来た誰かがゴミと間違えて捨ててしまったのかもしれない。
 そう考えて、明は祭雅家のメイド長である紅の元へと急ぐ。
「紅さん、紅さん!僕の部屋、今日誰か掃除に入った!?」
「明様。いいえ?これからするつもりですが、何か?」
「そう……なら、何でもない……」
 予想が外れてしまった答えに、明はがっくりと肩を落として、トボトボと部屋へと戻る。
「はぁ……」
 そうして下書き用の紙を見ると、もう一度書き出そう、と気持ちも新たにペンを取った。

 しかし数分後。
 明は再び頭を抱えていた。
「お、思い出せない……」
 下書きのメモを見て、ある程度は書き出せたのだが。
 いかんせん、徹夜して最後の方はもう眠気が混じっていた。
 そんな中で書き上げた歌詞の細部までは思い出せなくて。
「どうしたんだっけ、ここ……なんかいいフレーズを思い付いて書き直したんだけど……っ」
 思い出せない部分は、また新しく考えればいい。
 とは思うのだけど、凄く満足のいく歌詞が書き上がったハズ、との思いから諦めきれなくて。
 何より、他でもない晶に、もう一人の自分であるRAIKAを認めて欲しいから。
 絶対に、妥協はしたくなかった。
 ……そうは言っても、思い出せないのは紛れもない事実で。
「うぅ〜……」
 思わず唸りながら、自分を叱責する。

 何で書き上がった時に確実にどこかにしまっておかなかったんだよ、自分!

 それでも、徹夜して眠かったのは事実だし、茅に電話を掛けるのが精一杯で。
 というより、あの状態で電話を掛けれた事自体、奇跡だ。
 そうして目が覚めたら彩の運転する車の中で。
 しまう余裕なんかどこにもなくて……。

 そこまで思い出して明は、ん?と思い返す。
「あーーーーーっ!」
 思わず大声を出して、明は1つの希望に笑みが零れる。
「そうだよ、彩兄!彩兄なら歌詞書いた紙、絶対に見てるハズ!」
 考えてみれば、電話をしてそのまま机に突っ伏して寝てしまったのだ。
 そこから起こしたり抱えたりすれば、紙が目に入らないハズはないし、彩の性格なら絶対にそれを見る。
 それに、何かの拍子で床に紙が落ちれば、それだって放っておくハズがない。
「彩兄がどこかにしまっちゃったんだ、きっと」

 自分でも納得のいく答えに、明は一人でうんうんと頷き。
 喜び勇んで彩がいるであろう文の部屋へと向かった。